イカ焼きを持って走る宮間さんの後ろを、あゆみはベビーカステラの袋を抱えて慌てて追いかけた。


甘くて懐かしい香りがする。





ふたりがバスに乗り込むと、「うわっイカ臭っ!」と誰かが言った。

確かにバスの車内では宮間さんのイカ焼きの匂いは強烈だった。





あゆみが言葉の主を探し当てる前に、宮間さんは怒鳴った。




「マツ!うるさい!食べたきゃ自分で買って来い!」




マツというのは誰だっけ。あゆみが頭の中で名簿を広げて思い出そうとしていると、バスの後部座席で誰かが立ち上がった。


さっきまで合コンで盛り上げ役に徹していた、若手の職人さんのひとりだ。髪は茶色にカラーリングされていて、奇抜なカットがされた短髪の男の人。
職人さんは普段は帽子をかぶっていることが多くて気がつかなかった。


確か、名字は高松さん。高松さんも若いけれど、宮間さんと同じように高校時代からアルバイトで働いていたらしい。工業高校を卒業して、そのまま入社した古株だと前に宮間さんが言っていた気がする。




「いらねぇよ!ってか、バスでイカ焼きとか食うのサヤぐらいだろ!どんだけ色気ねぇんだよ!」




「黙れマツ!イカ焼きに謝れ!」



宮間さんの意味不明な反論に、「うっせえよ!臭えもんは臭えんだよ!早く食え!」と返すマツこと高松さん。



本人たちは結構本気で言い合っているのだけれど、あゆみにはそれがなんとなく微笑ましい光景に思えた。



(宮間さんがこんな顔で男の人と話してるの、初めて見たかも)



(ていうか、宮間さんのこと、サヤって呼ぶ人も初めて見た)