「えっ?行かない?なに言ってんだよ、そんなの俺が許さないよ」
小林部長はソファーであゆみがいれたコーヒーを飲んでいる。
あゆみは自分のデスクで先週納品した品物の図面を整理していた。
(この図面…スキャンしてパソコンに取り込めないかな…)
「俺が来いって言ってるんだから、豆柴くんはおとなしくついて来ればいいんだよ」
小林部長は拗ねたように言い放った。まるでワガママな子どもだとあゆみは思った。
「そんなことより部長、この図面、スキャンしてパソコンに取り込めないですか」
「そんなことって何だ。あのな、スキャンなんかしなくても、パソコンに取り込みたいなら得意先から図面をデータで送ってもらえばいいだろ」
「そうじゃないんです。新品の図面ならそれでも良いんですけど、磐田さんも、牛島さんも、鳥谷さんも、みんなこうやってどんどん図面に直接ペンでメモをかきこんじゃうんです、ほら」
あゆみは小林に見えるように、ボロボロになった古い図面をペラペラと掲げた。汚れが付着して、所々黒く変色した古い図面には、ペンや鉛筆でいくつも書き込みがされている。
「汚ねえ図面だな」
小林はうんと唸った。図面を新しくプリントアウトすれば良いだけの話だが、職人にはこのメモ書きがかなり重要なのだろう。赤ペンで注意!と書いてあるものもある。素人には決してわからない、図面だけでは加工しきれない1ミリ以下の細かい調整がされているのだ。
「もし、磐田さんが死んじゃったら、このメモだけが頼りなんですよ?」



