転びそうになりながら、なんとか大切な図面だけは死守しなければと無意識に両手で胸に抱きしめた。



(ダメだ、落ちる…)



バランスを立て直すのに失敗して、階段から転がり落ちると思ったそのとき、階段の踊り場が近付いて来るのがスローモーションであゆみの目に映った。



(なんでこんなにドジなんだろ…)



落ちるとわかっていながらどうすることもできない自分の運動神経の鈍さが情けない。

あゆみは恐怖で目を閉じた。




がしっ、ふわっ



「よ…っと…。ああ、間に合ってよかった」




耳元で、男の人の声がする。


目を閉じて、踊り場に叩きつけられることを覚悟したはずなのに、痛みも衝撃も感じなかった。



(あれ…あたし階段から落ちたんじゃ…)



不自然なぬくもりに気がついて恐る恐るあゆみが目を開けると、目の前に男の人の顔があった。




「…えっ?!あ…す…すみませんっ!」



踊り場に叩きつけられるギリギリのところで、目の前の男の人に支えられて助かったのだと理解した瞬間、あゆみはぱっと体を離した。



「怪我はない?新人さん」



微笑んだのは、事務所で一度だけ挨拶をした、あの営業主任だった。



「あ…さ…笹原さん…。も…申し訳ありませんっ…!」



あゆみは、死守した図面が無事であることを確認し、営業主任に深々と頭を下げた。