バンッ!
母がテーブルを思いっきり叩いた音が家に響いた。
その音に私は萎縮してしまう。
「だめだって言ってるでしょう!どうして分かってくれないのよ!」
目を大きく開き大きな声で叫ぶように言うその人は、いつものお母さんではなかった。
「海に刺激を与えるのは良くないのよ!それにまたあのせいで記憶を失ったらどうするの?お母さんをまた一人ぼっちにするの?
お母さんは海の記憶がいつか戻ってくれるって信じてるの。信じてるけど半年経っても戻らなかった。記憶のない海といるのはつらいのよ。
昔の…以前の海は、もっと太陽みたいなキラキラした笑顔だったしよく甘えてくれた。それに、海は『お母さん』じゃなくて、『ママ』って呼んでくれてた。
海、どうして…。どうしてこうなっちゃったのよ!」
泣き叫びながら私の肩を大きく揺らした。
私の目に映るその人は優しい母ではなく、狂った鬼のようだった。
「ねえ、海。ママよ?ママって呼んでよ。お母さんなんてよそよそしいじゃないの。さあ、早く…。」
「あっ……。」
母の目が充血し、こちらを半分睨むように見てくる。
私は怖いという感情しか湧かなかった。
私が知ってるお母さんはこんなこと言わない。こんなに狂ったように怒らない。私の母は温厚で優しい人だ。
何が母をこんなにさせてしまったのか。
答えは簡単だった。
私がそうさせたんだ。
私の記憶が戻らないからこうなってしまったんだ。
分かっていたではないか。お母さんも学校の子たちも、必要にしているのは今の私ではなく以前の"染谷海"。
今の私に頼れる場所、安心できる居場所は、どこにもないのだと。
この話はタブーなのだと気づいた時にはすでに遅かった。
記憶を無くした私に優しくしてくれて傍にいてくれると信じていた母がこの時から変わってしまったのだ。
