素早く入口を見たが、希望梨ではなかった。
大学生位の女性で、彼氏らしき人物を見つけて違うテーブルに行ってしまった。
伊坂は苦笑いして、窓辺に視線を移した。
約束の時間迄5分。

稔は、自宅に戻っていた。
希望梨を追い掛けたかったが、女々しいと思ってやめた。
自転車を店先に留めていると、母が来た。
「お帰り。ちょうどよかった。急な配達があってね…」
「悟か翔は?」
男三人いるのだ、毎回自分は嫌だ。
「二人とも部活。ほれ、跡取りさん」
母は豪快に笑って息子の肩を叩き、配達先のメモを渡す。
「お馴染みさんだから、商品と明細書渡してね。支払いは月末にまとめてしてもらうからややこしくないから」
母はそう言って空になった稔の自転車(笠倉酒店と書いてあるので普段はもちろん乗らない)に手際よく商品を積んだ。
そしてササッと紐で固定した。
「この配達済んだら後はゆっくりしていいからね。じゃ、悪いけど頼むよ」
母が店に戻ると、常連のおじいさんが来ていた。
芋焼酎がどうのこうの…というやり取りを遠くに聞きながら、稔はペダルを漕ぎ始めた。