友達の手帳に寄せ書きを書いていると、前に誰か来た。
うつむいて書いていたのだが、前が人影で暗くなったのだ。
「桜井」
ボタンがない学ランを着た稔が立っていた。
「…お約束なんだなぁ。ボタンせがまれたの?」
書くのを止めて、笑うと稔が右手をグーにして突き出した。
「…何?最後の喧嘩?」
「手ぇ開いて」
「何で」
「何でもいいから」
稔が左手で希望梨の右手をクイッと引っ張って無理やり広げた。
ポトン。
鈍い金色のボタンが掌に転がった。
「これ…」
「死守した第二ボタンだからな、受験のお守りになるからな、うんうん」
稔はそう言って希望梨から足早に遠ざかった。
「……」
希望梨はぼんやりボタンを見つめた。

そして、卒業生達のがやがや騒ぎを止める校内放送が流れた。
「卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。明日はいよいよ高校入試です。体育館に集合して下さい。希望校別に明日引率する先生から説明があります…」


どこの高校受けるか=成績バレバレだなぁ…。
そんな事を考えていて、希望する高校のエリアにりおがいて安心した。
仲良しで、成績もどんぐりの背くらべだったので希望校が同じだったのである。

…しかし、次の瞬間目を疑った。
「稔、あんた私学に陸上推薦で決まってるんでしょ?」
希望梨はなぜこのエリアに彼がいるのか理解出来なかった。
「私学は学費高いんだよ」
「奨学金とかあるでしょーが」
「とにかく、公立も受けるんだ。陸上の強い高校だから、私学とはまた違うけど推薦+試験で考えてくれるってさ」
稔は鼻歌まじりに朗らかに言う。
「…でもボタンのない制服でどうやって受験するの?」
希望梨の一言で稔は固まった。
引率の先生の話が始まり、二人の話は立ち消えになった。


翌日。
稔は二つ下の弟の学ランを来ていた。
「ほとんど新品だよね…」
中一の弟の物だからキツいし、ちぐはぐだった。
皆着慣れた制服だというのに。
「笑うな…笑うな…」
稔は呪文のように言い、希望梨、りおとその他同じ中学の受験生達と受験する高校の門をくぐった。