笠倉酒店の店先で、稔の母とケイが立ち話をしている。
真剣な顔をしたり、笑ったり、手を振りあら嫌だ奥さんたら…とでもいうような表情。
ペダルを漕ぎながら、希望梨は稔の母に会釈して笠倉酒店を通り過ぎる。

自宅の庭に自転車を停めていると、母が駆け寄ってくる。
「おかえり、稔君が行く高校ね…」
「ストーップ」
希望梨は右手を突き出してケイを制した。
「明日卒業式で、明後日受験。大切な時だから、邪念は入れない」
「邪念て、大袈裟な…」
ケイは娘の様子に吹き出しそうになったが、ハッとして真顔になる。
そうよね、大切な受験。
今までになくプレッシャーがあるはずだから…。
「じゃ、お母さん邪魔しないから。ゆっくり休むなり勉強するなりしてね。応援してるからね」
ケイは希望梨の肩をポンと叩いて、一足先に家に入った。

翌日、卒業式。
今日で義務教育とはおさらばだ。
高校に行かずに、働く子だっているよね。
どこのクラスか忘れたけど相撲部屋に入門する子がいるとか聞いたな…。
クラスの代表が卒業証書を受け取るのを見ながらぼんやり考えた。
私学には受かってる。
でも、やっぱり公立じゃなきゃ。
まったく、何で卒業式の翌日が入試?
式が滞りなく進みながら、希望梨は色々考えた。
昨日お母さんに言っときながら、邪念だらけだな、私…。

式が終わり、教室で担任の先生の話を聞く。
出席番号順に座っているので稔の様子が目に入る。
同じクラス、いや、同じ学校なのもあと数時間だな…。
担任の先生が卒業祝いを述べて、諸君の前途洋々たる事を祈る!などなど話してから、写真撮影となり、皆それぞれ寄せ書きなんぞ書いたりし始める。