よねの遺言に法的な効力はなかった。しかし、残された子供達は均等に遺産を分け、それぞれの人生を再び歩み始めた。
遺言は、子供達へよねからの最後の手紙であった。兄弟はお互いのメモを交換し、故人を偲んだ。母さんてば、まだ田んぼの心配してらぁ…。長兄は農業を生業とし、両親の後を引き継いでいた。よねは事細かに農業についてなんたるかを書いていた。
田吾郎には兄三人、姉一人がいて長兄以外は故郷を離れている。葬式の済んだ晩、長兄の家、元々は田吾郎達が育った家でよねの子供達、孫達、親類縁者が食事をしていた。
田吾郎は噛み締めるようにメモを読み返した。姉に、タゴちゃんのは何て書いてあったの?と聞かれてもちょっと待って…と言ったきりなかなか見せなかった。
読み終えると、綺麗に畳み隣に座る妻のケイにさっと渡した。
なぁに?私が読んでもいいの?と戸惑いつつもケイはメモを受け取った。
開くと、よねの力強い見慣れた綺麗な文字が並んでいた。
臨終間近のよねのどこにこんな力が残っていたのか…。

「田吾郎、ケイさん、そしてまだ見ぬ孫へ
ばぁちゃんの寿命のロウソクはもう消えゆくようです。末っ子で甘えたのタゴちゃんがお父さんになるんだねぇ…。後ちょっと早く生まれてくれたらよかったねぇ。抱っこしてやりたかったねぇ。いや、女の子だというだけでも分かって幸せだと思わないといけないね。この子が生まれる頃は秋だね。ばぁちゃんが1番好きな季節だよ。もう一回梨が食べたかったね。田吾郎、ケイさん、実は頼みがあります。赤ちゃんが生まれたら…」
ケイは続きを読んでクスッと微笑んだ。田吾郎の姉が、ケイちゃんどうしたの?ばぁちゃん面白い事書いてた?と興味津々の様子で近づいて来た。思えばこの晩、田吾郎の娘達の人生は始まりを告げたのだ。
長女:未沙梨(みさり)が秋に誕生。
二年後、次女:麻央梨(まおり)誕生。
そして更に二年後…三女:希望梨(ゆめり)誕生。この物語の主人公である。