「父さん、そんな事言われても…。あら?」
ケイは階下、つまり書店からなにやら怪しげな物音がするのに気がついた。
「父さん、悪いけどまたかけ直す。しばらく母さん泊めるけど、ちゃんと迎えに来てよね。じゃ」
ケイは父の返事を待たずに携帯を切り、階段を下った。

家の騒動を何も知らない田吾郎は、客間に敷かれた布団でうとうとしていた。今日はいい夢が見られそうだ。明日帰宅したら編集部に連絡してメモを原稿にして…。考えている途中で眠りに落ちた。

「希望梨ぃ、シャッターは降りてたけどもぉ、鍵がかかってなかったっつーの。私だからいいようなもんの…。無用心だよ〜」
大笑いする姉を見て麻央梨と希望梨は顔を見合わせた。
「美沙ちゃん…」
希望梨が声をかけた時。
「美沙梨、なんかあったんだね。ばあちゃんに話してごらん」
ミヨが孫の顔を見て優しく言った。
「ばあちゃん!」
美沙梨はその時初めて祖母の存在に気がついた。
「ちょっと、何事…?あらやだ、美沙梨、どうしたの?」
降りて来たケイは長女の様子を見てびっくりした。
「コンビニでカクテル買って飲んだだけ…」
美沙梨は急激に酔いが醒める思いがした。
「今日出版社の面接だったでしょ…?」
ケイがそう言うと、ミヨが手で制して
「さ、ばあちゃんと久しぶりに話でもしようね」
美沙梨を促して二人は二階へ上がっていった。
「美沙ちゃん面接うまく行かなかったのかな…」
希望梨は呟きながら戸締まりの確認をした。やだ、一つ鍵の掛け忘れがあった。
「……」
ケイはレジの前の椅子に座り込んだ。両親の事。さっきの長女の様子。悩みは尽きない。早くタゴちゃんに帰宅してもらいたい。色々相談したい。
「…そういえば、麻央ちゃんも進路決める時期でしょ?四年制に編入するの?それとも就職?」
希望梨に言われて、麻央梨は言葉に詰まった。長女は大学卒業、次女は短大卒業、三女は高校卒業…。来年の三月は忙しい。
「永久就職!」
その言葉に、希望梨は「あれ、彼氏と別れ…」と迄言ったが麻央梨に口元を塞がれた。
「えっ、竹中君と別れたの?」
ケイはひどく落胆した声を出した。一度遊びに来た事があって、感じのいい青年だったからだ。
「…今のは冗談として、私もきちんと将来考える」
麻央梨はすばやく階段を昇った。