ミヨが降りて来た時、希望梨は伝票の整理を、麻央梨は棚にはたきがけをしていた。
「遅くまでご苦労さんだね」
ミヨは孫二人に目を細めた。
「大体希望梨任せだからね。私は時々手伝うだけ」
麻央梨は妹の方を見て肩をすくめた。
「私は本屋の仕事好きだから。まぁ手伝える限りはね」
希望梨はミヨを見て微笑んだ。
「学校でバイト禁止されてないのかい?」
ミヨはふと気になって聞いてみた。
「家業の手伝いならいいのよ。まぁあんまり勉強に差し支えが出たら駄目だけど」
「希望梨、あんた受験生じゃない!すっかり忘れてた」
麻央梨がそう言うと、希望梨は姉の方を見た。言葉にはしなかったが、「余計な事言うな」というオーラが出ていた。
「あれっ!おちびちゃんだとずっと思ってたからね、もう大学考える歳かい」
「ばあちゃん、私まだ進路決めてないから…」
「ケイったら大事な時期に店番任せきりにして!」
「いや、あの…」
風向きが怪しくなって来たのを感じて麻央梨が口を挟んだ時、誰かが書店に入って来た。もう閉店して、シャッターも降りた時間である。

「父さん、とにかく迎えに来てよ」
ケイは結局父に母がここにいる事を明かしていた。
「父さんがやましい事してないのは分かってる。母さんが勘違いしただけよね?」
ケイは階下の様子を気にしながら電話口の父に語りかけた。 「…えっ?父さん、今なんて…?」

「二人で色々考えてね、当て字って手があるって気付きましてね。希望はのぞみだから、ゆめって読ませてもいいかと」
「それでユメリちゃんか」
義姉は納得してうなづいた。
「希望でのぞみにするか、夢に梨でユメリにしたら苦労させなかったんでしょうが…」
田吾郎は数週間会っていない家族に想いをはせた。
「私すごくいい名前だと思うわ。確かに読み方で大変だったろうけど、親が色々考えてつけてくれた名前だもの」
そうですかね…とつぶやいて田吾郎は夜空を見上げた。故郷は、やっぱり星がよく見える。

「たらいま〜」
リクルートスーツをだらしなく着た美沙梨が立っていた。
「美沙ちゃん!どうしたの?酔っ払ってんの?」
麻央梨は姉に駆け寄った。姉は下戸なのだ。酔っ払うなんて何事?