「父さんが何よ?」
ケイの父は厳格で気真面目なタイプである。
「…浮気してると思う」
ミヨは一言言って泣き始めた。

「お前の名前、フツーならゴローだけだよな」
「田んぼが大事だから名前に付けたんだろ?」
「父さんな、出生届けを届ける時に『田』迄書いて続きを忘れたんだ」
「忘れた…?」
田吾郎は口をあんぐり開けた。
「役所の人に五人目のお子さんですかとか口挟まれたらしくて」
「それで…?」
「五番目だから吾郎でいいやってなったのさ」
長兄の目が座っている。
「……」
田吾郎の目は瞬き出来なくなった。
「家にメモがあってな、命名『田助(デンスケ)』ってあったなぁ」
「デンスケ…」
今の名前とどちらが苦労しただろう。
「父さん帰って来てからメモ見て思い出してな、役所に飛んで戻ったんだけどもう受理されてて名前変更は出来なかったんだな、これが」
長兄は皿に残っていた枝豆を口に運んだ。
「デンスケ…デンスケ…」
田吾郎は呪文のように呟いた。

「あの父さんが」
『巨人の星』を実写化するなら星一徹役が出来そうな父である。ケイは父が浮気している所を想像して吹き出した。
「ちょっと!私は深刻に悩んでるのよ」
ミヨの目が潤んでいる。
「誰と浮気してるっていうの?」
ケイはそう言いながら自分の声が震えているのを感じた。怖いのではなく、可笑しくて。厳格な父が浮気だなんて。
「最近お父さんの服に香水の匂いがするのよ…」

「あらまぁ、言いたい事だけ言ってまた寝てる」
義姉は呆れながらも夫にタオルケットをかけた。
「いや〜…。まさか自分の名前の由来というか、本名というか…。今頃知る事になるとは…」
田吾郎は長兄の高いびきを聞きながら呟いた。
「タゴさんの名前の由来知ってるとは言ってたのよ。でもいくら聞いても教えてくれなくてねぇ。時が来たら本人に教えるとか何とか言ってたから」
「…酔っ払ってたからこそ教えてくれたのかも知れないなぁ」
田吾郎はうんうんうなづいた。
「ねぇ、こんな事言うのなんだけど…」
「…?何でしょう」
「タゴちゃんさ、自分の名前で苦労したでしょ」
「はぁ」
「ユメリちゃんはさ、何で読みにくい字にしたの?」
義姉は真っ直ぐ田吾郎を見た。