稔が叫ぶように言ったので、大人達はびっくりして見上げた。
「なんだ、急に口挟んで。大人の話し合いなんだから勝手な事言うんじゃない。山中さんに失礼じゃないか」
父が立ち上がって稔をたしなめた。
「父さんが継げって言ったんじゃないか。のれん守りたいって言ってたじゃないか」
「そりゃお前が継いでくれたら嬉しいよ。でも時代の流れがあるんだ。酒屋は成り立たなくなって来てる。悟や翔だっている。学費や生活費が要る。お前だって今の時代大学は出なきゃいけないよ。行く末が分からない商売継がす訳にはいかない」
父がそう言うのを稔は黙って聞いていた。山中は気まずそうに立ち上がった。
「じゃあ、今日はこれで失礼します。また後日お邪魔します」
母はすみません、失礼しまして…と頭を下げた。
「すまない事なんてしてない!」
稔は夢中で反論していた。
「稔、いい加減にしなさい!」
気がつくと母に頬を叩かれていた。母は呆然と自らの右手を見ていた。
「稔、ごめ…」
母の言葉を最後迄聞かずに階段を駆け上がった。自分の部屋に入ると、ずるずると力が抜けてしゃがみ込んだ。
弟達の声が階下から聞こえて来た。その日は自分の部屋から出なかった。