抱きしめるなら、ここで。


こんな状況になっても何も言えないのが小心者の私。ただ、ドキドキし始めてるだけ。



とんっともたれ掛かるように髪に触れたのは、おそらく武田君の頭。いや、おでこかもしれないし頬かもしれない。
私の方に、頭を傾けてきたことは確か。



さっきよりも密着度が増して、息苦しいぐらい。



武田君が息を吸い込んだ。



「奈緒さん、僕を見てくれませんか」



言われた通り、顔を上げようとするのに動けない。



だって武田君が私の頭にもたれ掛かって、強く抱き締めてるから。



こんな身動き取れない状態で、どうやって見ろという?



わかってるのかいないのか、武田君は腕を解こうとしない。



「武田君、離してくれないと見れないよ……」



遠慮がちに口に出してみた。
言うべきか言わざるべきか迷った末に。