矢野さん

 震える手で肩に掛けた鞄の紐をギュッと握る。


 すると――


「俺、前に入院しててお世話になった元患者です。まさかこんな所で会うなんて偶然だね」


 ――!?


 あの嫌いな嘘の笑顔で橘さんが笑いながら言う。


 そんな事に気づくはずもなく、黒田さんが「ああ!そうなんだ」と納得したように笑った。


「じゃあ……」


 橘さんはそう言うと私の左横をスッと通って行った。


 橘さんが横を通り過ぎた瞬間、フワッと小さな風が舞い私の左頬を撫でた。


 ズキズキする……。


 胸が痛い……。苦しい……。何?この痛み……。


 思わずギュッと唇を噛み締める。