「あれ、くまさん持っててくれてるんだ」

私の手の中にあったぬいぐるみに気付いて、早見さんがびっくりしたように言った。

「家の鍵に付けてたんです。毎日この子の笑顔を見て勇気をもらってたから、部屋で相手に流されそうになっても、自分を失わずにいれました」

「それはそれは。お役に立てて何よりです」

ぺこりと早見さんが頭を下げる。

それからはにかんで、頭をかいた。

「趣味に合わなかったらどうしようかとずっと思ってたんだ。神崎ちゃんが好きそうなもの、井口に聞いても教えてくれなくてね…」

わたしも思わず微笑む。

「本当に井口さんと仲がいいですね、羨ましいです」

「言っておくけど付き合ってないからね」

「違うんですか?」

わたしはずっとそう思っていたのだけど、早見さんは慌てて否定してきた。

「違います違います。あんなガツガツしてて親父で肉食獣みたいなやつ、こっちから願い下げだから」

「肉食獣…」

「それにあいつには年上の外人の彼氏がいるし、俺にも別に好きな人がいる」

「そうでしたか…。すみません」

「いえ、こちらこそ…」

何だか少し気まずい空気になってしまった。

すると図ったかのようなタイミングで、もうすぐ終点である駅前ロータリーに着くというアナウンスが鳴った。

わたしたちはどちらから何を言うわけでもなく、かといってケータイなんかを取り出していじるわけでもなく、ただ黙って座っていた。