「ちょっと……何?」

「……ここ」


 旬が立ち止まったのは、さっきのところから五メートルくらい離れたところ。

 別に大して景色も変わらない。移動した意味あるのってくらい。


「ねえ、何なの?」

 ニコニコ笑っているだけで何も言わない旬にもう一度聞いた。


「あれ」

 旬が目の前にある木を指さした。


 目の前の木は、なんてことのないただの木。


 とっくの昔に枯葉も散ってしまって、丸裸の木。

 これが一体何って……


「あ……」

 じっと見上げてると、見つけた。旬が指をさしていたものを。


 丸裸だと思っていた木の枝の一つに、桜の花が咲いていた。

 よくよく見てみると、他の枝にも、桜の蕾がいくつもついていて、開花の準備を始めているようだった。


「見えた?」

 旬の声は、得意げに聞こえた。


「うん……そっか。もうそういう時期なんだ」

 まだ風は肌寒くて、外に出るにはコートが必要なくらいだけど……それでももう三月半ば。

 季節は春に向かってるんだ。


「これを見せるためにわざわざ電話してきたの?」

 あたしは視線を桜から旬に移して言った。


「うん。一昨日までは、まだ咲いてなかったはずなんだけどさ、今日通ったら咲いてて……だから、本当に咲いたばっかなんだよ。……もしかしたら、まだ誰も気付いてなかったかもしれないから、だからナツに一番に教えてあげたくて」

 旬が満面の笑みで言った。


「そっか。ありがとう」

 あたしはまた桜を見上げた。