5月。文化祭当日。
 俺は、部活での出店の休憩時間に、学校内をぶらぶらと歩いていた。
 どのクラス、部活も派手な外観や、賑やかな呼び込みで、学校を賑わせている。
 俺が所属する剣道部は、焼きそばを売っている。そこもそれなりに賑わっていた。
 当てもなく歩いていくうちに、人気の少ない区画に来てしまった。
 確か、ここは…
 と、文化祭用の校内マップを見ると、文芸部が部誌を配布している、という事だった。
 文芸部は、人数は少ないものの、コンクールなどで賞をとったことがあると聞いたことがある。
 あまり本などは読まない質だが、あまりにも人がいないことに同情して、一部手に取った。
 部誌名は『げらげら』。あまりにも周囲の空気と違いすぎて、心の中で苦笑する。
 適当なページを開いて、少しだけ目を通す。
 数行読んだだけで、その作品にひきこまれた。作品名は『あなたの背中』。
 理由はわからないけれど、言葉の選び方や、表現にどんどん引きこまれていく。
 内容は、少女の失恋を書いたもので、心情の描写なんかは、まるで実体験かと思えるようなリアルさだった。
 あっという間に10数ページを読破した。
 読書の後に、こんな清々しい気持ちになったのは、久しぶりだ。俺は、この作品を好きだと思った。
 作者が気になって、見てみる。
 『ことのは』
 きっと、ペンネームだろう。
 俺は、この作品を書いた人に、会ってみたくなった。
 顔どころか、本名すらわからない。わかるのは、この学校にいるという事だけ。
 絶望的な決意を胸に、冊子を閉じた。
「杉本!」
 俺の名を呼びながら駆け寄って来るのは、同じ剣道部でクラスも同じの、木村知希だ。
「どうした、木村?」
「どうしたじゃねーよ!シフト交代!」
「マジ?もうそんな時間たった?」
 腕時計を見てみると、確かに休憩時間の20分は、数分過ぎていた。
「お前が文芸部とか、以外だな」
「それは自分でも思う」
「じゃあ、なんでだよ?」
 聞かれたが、俺は答えなかった。
 今の出会いを、なぜか木村に知られたくなかった。