──翌朝。


しばらくやっていけるだけの金、少しの着替え、それから…。


俺は最低限の荷物を持ってN県へ向かった。


東京駅から始発の新幹線に乗り、N県のローカル線を利用して彩花の下宿先に。


こんな俺だから彩花に連絡する勇気があるはずもなく、俺がN県へ向かうのを知っているのは夏樹だけ。


連絡する勇気がないのに、どうやって会うんだ。


いきなり押し掛けても頑固な彩花は顔すら見せてくれないだろう。


けれど、衝動で行動を起こしていかなければ、今頃俺はまだ東京だ。




とりあえず、耳にはイヤホンを突っ込んでアナクロの曲を再生する。


興奮しているのか、嬉しいのか、悲しいのか。


色んな感情が混ざり合って、どんなに好きな曲も、思い出のあの曲も、右から左に流れるだけだった。


拒絶されたら。

嫌いと言われたら。

もう会いたくないと言われたら。


ネガティブな想像ばかりが頭の中を駆け巡り、女々しくも涙が出そうになる。


電車の外の雪景色に気づいたのは、ウォークマンからアナクロの冬のラブソングが流れてきたときだった。


──『一緒に見よう』


いつか約束した銀世界を、こんな形で見ることになるなんてな。




スッと目をつむれば思い出される彩花の顔。


目を真っ赤にはらした泣き顔も。


「えへへ」と照れた顔も。


ケンカのときに怒った顔も。


そして、俺だけに向けられたまぶしいくらいの笑顔も。


どんな彩花も近くで見ていたいと願っていたのは他でもない俺だって、今なら痛いくらいわかるんだ。


それなのに俺は、自ら彩花を手放した。