僕は君の名前を呼ぶ



会場に着くと、見渡す限りの人、人、人。


これは、俺が人酔いしてしまいそうだな…。


「あ、すみません…」


「ん。どうかした?」


「すれ違った人と肩ぶつかっちゃって…」


俺はうつむいて自分の手を見た。


「ちょっと、ゴメン」


その手を橘の手に重ねた。


「今日だけだから…我慢して」


「ありがと…」


「…ん」


本当にこのときは、あとのことなんて何も考えていなかった。


橘が嫌な思いをしないように、今だけでも俺から離れていかないように、ただ、そのくらいの意味しかなかった。


繋いだ手は、温かかった。




「…いね!」


隣にいる橘が俺に向かって何か言った。


周りがざわざわとうるさくて声が聞き取れない。


俺は体を傾け、橘の方に顔を寄せた。もちろん、緊張を隠しながら。