どれくらいの時間、そうしてぼんやりと椅子に座っていたのだろう。
時を計るすべのない悠河は、変わることの無い夕暮れの空をただ呆然と見続けていた。体には疲労感が徐々に蓄積していくのが分かる。
悠河は重い体をさらに深く椅子に沈め、目を閉じた。華の笑顔が浮かぶ。

その時、椅子の肘置きにもたせかけていた右手に、柔らかで温かなぬくもりを感じた。まるで包み込まれるような心地よい感触。右手だけが少し輝度を上げ、夕暮れの中でまるで蛍のように淡く光るのが見えた。
何が起っているのか。
淡い光はそのまま悠河の体へ吸収されていった。ぼんやりとしていた自分の輪郭が、次第にくっきりとしたコントラストを描き出す。それと同時に自分の周囲の景色にも、少しずつ少しずつ明るさが増してくる。
何かが、来る。たぶん俺の求めるもの。

華か。まさか。この時の止まった世界に縛られた自分のところに、華が来るなど虫の良すぎる考えだ。だが。
悠河は落ち着かず立ち上がり、窓へ向かう。先ほどより少し明るい光をたたえた夕映えを見つめる。

来る。

近づいている。

もう少し。

すぐそこまで。


悠河は振り向く。ドアの向こうを透かして見るように。
会いたくてたまらない一人の女性が必ず現れると、希望は確信に変わった。

――華。おいで。

ガチャ…

無機質な音を立ててドアがおそるおそる開く。

そこから不安げな顔を覗かせたのは、やはり、一番会いたい、ずっと昔から愛し続けた人であった。