時の止まった社長室には、橙色の夕日が斜めに差し込む。

悠河と華はソファに並んで座り、長年のすれ違いで複雑に絡み合った糸玉を解くように、ひとつひとつ話をした。二人がお互いを思いながらも、あきらめ、絶望や哀しみの中歩んできたこれまでのことを。

お互いが同じように相手の気持ちを曲解してきたことに気づく。もっと早くに素直になっていれば…。悠河も華も切ない気持ちで自分の隣の愛する人を感じた。
悠河は時折華の手に触れ、肩を抱く。それだけで華は真っ赤になり体をこわばらせた。その様子をおかしそうに笑う悠河に、華はさらに真っ赤になって怒る。


――こんなふうに華と過ごせるとは。


現実の世界では、事故で瀕死となり人工呼吸器につながれている自分がいるという。一方この閉じられた空間で、自分は華とこうして幸せな時間を過ごしている。
もはやどちらが現実でどちらが夢などと言うのは問題ではない。こうして腕の中に華を抱ければそれでいい。このままここで華と一緒に…。

…いや、自分が現実に戻れればいいのだ。そうすれば…。ここで手をこまねいているだけではなく、何か戻れる方法を探すべきだ。
そもそもこの閉じられた空間は本当に存在しているのだろうか。夢というにはあまりにも現実的だ。
ここへ突然現れた華。華はどうしてどうやって来れたのだろうか。華の存在は自分だけでなく、この空間全てにエネルギーを注ぎ込んでいる。華に依存して存在する世界…?
わからないことが多すぎる。一つ一つ実証して積み上げていくしかない。
まずはこの世界の実在が検証できれば。果たしてどうすれば確実にわかるだろうか。

「ねえ、悠河。さっきから難しい顔してる。タバコ…吸わなくて大丈夫?」

「君がいるから控えている」

「いつもはそんなのおかまいなしに吸うくせに」

「そうだったかな」

「そうよ」

華は笑いながら灰皿を取り、悠河に差し出す。

執務机の上には大きなモニターとパソコン。積み上げられた書類。華は一番上の書類を手に取る。まじまじと見るが、その数字の羅列が何を示しているものなのかまったくわからない。

「やっぱり悠河はすごい…。これ全部理解してお仕事しているんでしょ?仕事虫ってすごい。尊敬しちゃう」

「それは…もしかして褒めているのか?」

「うん。褒めてる」

華は山を崩さないようにそっとその書類を元に戻す。悠河も机に寄り、いくつかの書類を手に取ってぱらぱらとめくる。
この書類もこれも、本来ならば早急に手を打たねばならない案件なのだが、伝えるすべのない自分はこうして何度も書類を繰ることしかできないのがもどかしい。

「…君だって、教科書よりも分厚い台本を、たった一度ですべて覚えてしまうじゃないか。そっちの方がすごいと思うぞ」

「うっ…。そりゃこの能力を勉強に生かせれば、ってテストの度に何度も思ったけど。…ねえ、もしかして、それって褒めてる?」

「褒めているよ」

悠河はおかしそうに口元をゆがめながら書類を見ていたが、ふと手を止める。


この閉じられた空間が、そしてこの俺が本当に存在するのかどうか、確かめられるかもしれない――