畜生。
女というのは、なんて厄介な生き物なんだ。
ふとした瞬間に思いもよらない顔をして、ひとの心を、よく分からない感情で埋め尽くす。
何なんだ、これは。
全然、落ち着かない。




「か、会長、もしかして今のハナシ、聞いてました?」


「あ・・・ああ、たまたま、耳に入った・・・・」



阿久津の質問に、僕は、声を上擦らせながらも正直に返答した。
そんなもの、聞こえていたに決まっているだろう。
そもそも、お前の声がデカイからこんなことになったのではないか。
この空気、どう対処しろというのだ。
と、いつもの僕なら間違いなく口にしていたことだろう。
だが今は、言わないほうが良いような気がする。
というのも、今までこういった空気になった際に、思ったことを口にして丸く収まった試しがない。



僕は再び、冴木のほうに視線を移す。
彼女はただ、ただ、俯いていた。
長い黒髪の隙間からは、真っ赤に染まった耳が、僅かに覗いている。

これで、僕の思い違いであるという小さな望みは、儚くも砕け散ったというわけか。

また、面倒なことになった。
畜生。
これから、今度行われる生徒総会について話し合わなければならないというのに。
こんなことでは、話し合いはおろか、彼女とまともに会話をすることさえ、ままならないではないか。


どうしたらいい・・・・。
僕は突っ立ったまま、何か言えと念力を送るように冴木の顔をにらみ続けた。


だが、ひたすらに沈黙は流れる。


どうやらさすがの福澤もこの重々しい空気を察したのだろう。
「終わったら呼んで」とだけ言って、ドアを開けた。
逃げたな、と僕は咄嗟にそう思ったが、考えてみればこれは、あいつには何一つ関係のない話である。
やつの背中を見送った後、室内に、ばたん、と少々乱暴にドアが閉まる音だけが響いた。


そしてまた、一瞬のうちに訪れる重く長い沈黙。


僕は視線だけで、阿久津に部屋を出るようにと告げた。
これはもう、二人きりで話すほかない。
それに、阿久津がいるとまた話がこじれそうな気もする。
とにかく今は、二人きりになるべきだろうと咄嗟に思い付いたのだ。


彼女は僕が言わんとしていることを案外すぐに把握し、そして、静かに立ち上がった。
僕は、そんな阿久津と入れ替わるように今の今まで彼女が座っていたパイプ椅子に腰をおろす。