叶恋〜きこい〜


変な夢を見た。
時は戦前の中国、そして日本には帰れやしない。
軍人は民衆を腫れ物にさわるような目で見た。民衆はみな、軍人に負けないくらいの生命力で生き抜こうとたくらんだのであった。
「お母さん、そっちは軍人さんの基地だよ、行ったら殺されちゃうよ。」
そんなあたしの心配も聞かず、お母さんはなりふり構わず軍人の基地に行った。
軍人が出て来てあたしのお母さんを拉致した。…なにも出来なかった。
「奏多っ…助けて…奏多っ‼︎」
そこで夢は途切れた。
夢だとまだわかっていなくて、あたしはリビングに走った。
「お母さんっ‼︎」
お母さんはいつもの温和な雰囲気を醸し出しつつ、あたしに優しく呼びかけた。
「あら、奏多。おはよう。」
あたしが見た夢を知らずか知ってか、全て知り尽くしたような笑顔であたしを見た。
「お母さんっ…。」
不快にも泣いてしまった。泣きたくなんてなかった。大好きなお母さんがいなくなるなんて嫌だったのだ。
「奏多?今日は学校でしょ?早く用意をしなさい。」
こんなに泣いていても、理由を聞かないお母さんの優しさに何度励まされたか…。
「奏多ぁー?愛美ちゃんからお電話よー?」
愛美…?嫌な予感が一瞬身を包む。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁい。」
電話は保留になっていた。保留ボタンを押して受話器を耳に当てる。
「…もしもし、奏多ですが。」
「奏多?あの…今日の午後2人で話がしたいな。」
「ぅーん…いいよ。」
ホントは気が乗らなかった。だけど、愛美と話がしたかった。


登校後
「奏多‼︎」
「あ、愛美‼︎」
少しだけ無理をした笑顔で笑った。
「話したいことって何?」
「…屋上行こ?」
「うん、一応ユウナに一言入れてから後から行くね。」
「じゃ、待ってる。」
ユウナに一言を入れる…?そんな分かり易すぎる嘘を吐き、ユウナに助けを求めに小走りで教室へと向かった。
「はぁはぁ…ユウナ…。」
この頃部活を真面目にしていないせいか息切れが激しい。
「奏多⁉︎大丈夫?…変な噂聞いたんだけど。」
変な噂…?その頃あたしには愛美との約束で頭がいっぱいだったため、考えられなかった。
「へっ…変な噂…はぁっ…?」
「…愛美ちゃんとこの頃一緒にいるじゃん?」
「愛美?うん、今から合うよ。」
「愛美ちゃんは奏多を苦しめようとしてる。」
衝撃の一言がユウナの乾ききった唇から零れた。
「え…愛美はただあたしに恋を応援してもらうためにあたしに仲良くしてるだけってことは分かるけど…。」
「…それだけじゃない。愛美ちゃんに近づいちゃダメ。」
「噂でしょ?大丈夫だって、愛美はそんな子じゃないって。」
ユウナの勘はよく当たる。だけど、愛美をそんなに悪く言うユウナは嫌いだった。…ねぇ?ユウナ?噂はただの噂じゃないの?あたしをちょっとでも信じてほしいよ。
そんな複雑な想いを抱きながら愛美がある屋上に走った。
「愛美っ‼︎遅くなっちゃった…っていないじゃん‼︎」
1人で叫んでいるあたしの恥ずかしさだよね。あれ…そういえば屋上に誰1人いない…おかしいよね?どうしてかな?
「かぁなぁたぁちゃん♪」
愛美…ではない低い声だが少し聞こえる雑音があたしを震わせた。
「…愛美?」
あたしは愛美だと信じたい。だから、笑顔で後ろを振り向いた。その瞬間、辺りが真っ暗になった。
「ふぐっ…愛美っ…。ねぇっ…愛美っ…。」
口をガムテープで貼られ、上手く話せない。愛美…助けて?愛美…どういうことなの?助けてよ…愛美っ…。
「奏多っ‼︎」
この声…フワフワした声。いつも助けられてきた声。この声を忘れるわけない。そう…ユウナだった。
「ふぐぐちゃ…。」
ガムテープのせいで話せない。ユウナ、逃げて…って言いたかったけど聞こえてないみたい。
ヤァァァァ…メェーン…コォテェォーイ
ユウナの美声が空にこだまする。ユウナは人一倍負けず嫌いで、努力家だ。こんなあたしを大切にしてくれて、怒ってくれる大事な人だ。
ビリッ。
あたしの口に貼っていたガムテープを一気に剥ぎ取ってユウナはあたしを見てもう泣きそうな声で言った。
「奏多…私できたよ。」
やっと解放された口を摩りながら、辺りを見渡す。
ユウナが倒したらしき、男達が倒れていた。それを見てあたしは目を疑った。
なぜなら…歴代の彼氏たちだったからだ。
「ゆ…ユウナ。」
ユウナは何も言わずあたしを抱きしめた。
「…ありがとう…ごめんなさい。」
泣きながらユウナに何度も何度も言った。だけど、まだまだ足りなかった。
「…ごめんね…?奏多を守ってあげられなかったよ…痛かったよね?…ごめんね…。」
「ううん…ユウナが来てくれなかったら多分死んでた…ありがとう。」
「お礼は高田くんに言って?」
「…た、拓巳?」
「うん、高田くんが奏多に危機が迫っていることを教えてくれたの。だけど…奏多を守れなかった…。」
「ユウナ違う。ユウナはあたしを守って助けてくれた。ありがとう…。拓巳にもお礼しなきゃね。」
「うん、高田くんに会いに行こう?」
「あはは…こんな顔で会えないよ。」
「もう来てるよ?」
「奏多…。」
一言あたしの名前を呼んだ後、あたしを抱きしめた。ユウナがあたしを抱きしめたときと全然違う。拓巳はあたしの全てを抱きしめ、あたしを安心させる抱き方をする。
「奏多ごめんな…守ってやれなくて。」
急に溢れ出す辛さと今までの過ちを洗い流すように目からは雫が零れ落ちた。その瞬間に空からもあたしの目から出た雫より大きな雫が落ちてきた。あたしたちの友情を祝福するように…。
「奏多…ごめんな…俺のせいで…泣かないでくれよ…俺も涙が止まんなくなるだろ…。」
拓巳も泣いてるんだ…あたしのせいで愛美を失ってしまったからかな?…これは拓巳の演技なのかな?あたしはわからなくなって、拓巳を突き放した。
「やっ…ヤダ…触らないでよ。」
突き放したら拓巳は悲しそうな笑顔であたしを見た。
「ごめんな…。」
一言だけをあたしの耳に残して拓巳は屋上の扉を開けた。
あたし…何やってんだろ…。拓巳に助けてもらったのに。拓巳に抱きしめてもらったのに。嬉しくなかったのかな…ううん、嬉しかったよ。だけど…裏切られても愛美が大切にしている人からの愛を受け止めることはできなかった。その理由はただ逃げているだけだってわかっている。だけど…あたしには好きという感情がわからないから。