簡単に枠にはめないでほしい。

 向こうがどう思っていようが関係ない。

 このままでいるために決めたコト。


 うーん、と唸る声が隣から聞こえた。

 思わず身をすくめると、今度は深い溜め息が聞こえた。


「こないだ、先生から補習受けたばっかだよね」

「ハイ…」

「“数学は完璧だー!任せろー!”って聞いたのは気のせいだったのかな?」

「気のせいじゃないッスかね…」

「いっつもへらへら笑って大口叩いた結果がこれでよく誰からも見捨てられないね。あ、こっちはもう見捨ててるからノーカンで」

「うっ。そりゃ酷すぎるだろ、マサミ!」

「あのさー、幼なじみだからってこの点数は引く。0だよ? ちゃんと分かっての? 0なんだよ?」

「連呼するなぁぁぁ!!! 俺は俺なりに頑張ったんだぁぁぁ!!!」

「そう。頑張りが足りなかったんだね」

「………ハイ。すみませんでした」


 歩調は合ってるのに、何なんだこの擦れ違ってる気分は。

 つーか何で俺は母親でもないただの幼なじみにこんな嫌味言われてるんだ?


「テツに教える時間は無駄だとようやく踏ん切りつきそうだよ。もう教えないから。頼ってこないでね」

「ちょ!それは勘弁! 次のテストはもっと頑張るから! な、見捨てないでくれよー!!」

「もういいんじゃない? 定時制でも」

「……まだ中3の春でその選択肢は酷すぎるだろ……」


 別にレベルが高いわけでもない志望校だ。

 行きたい理由なんか、どう考えても一つで。

 そのために俺は補習だって受けたし気持ちだけは真面目に取り組んだつもりだ。


「せめて赤点ギリギリとか取ってくれたら変わってたよ」

「ですよね。ハイ。とことんバカだっつー事は分かってます」


 けどよ、やっぱ俺はどうしても行きたいんだよ。お前と同じ高校にさ。

 出来るなら同じ部活に入ったりして、今と変わらずお前の一番近くにいたい。

 お前はもう俺と居たくないかもしれないけどよ。

 どうせいつか離れて行っちまうんなら、今だけでも。

 ……女々しいな。


「ほんとにテツはいくつになっても変わんないね」

「悪かったなッ! バカで! ガキで!」

「そこまで言ってないでしょうが。深読みしすぎ」

「けどそう思ってんだろ!」

「まぁね」

「即答かよ…泣ける…」

「ごめんごめん。ちょっと意地悪しすぎたね。変わんないって言ったのは、いい意味でだよ」


 マサミは柔らかく笑って、それ以上は言わなかった。

 俺はこの時間が心地よく、ゆっくり歩いた。

 こんな風に一緒に帰れるのはあとどれくらいだろうか。

 互いに特別な相手がいないからっていうのが理由なら、きっともうすぐ終わるんだろう。

 少なくとも、高校に入れば知らない顔が増える。

 俺にも好きな子が出来たりするかもしれない。

 マサミにも……。

 こうやって俺らは大人になっていくんだろう。

 マサミといる時だけ感じるいろんな気持ちも特別じゃなくなる日も来るはずだ。

 否定はしない。でも、進んで肯定もしない。

 出来るならこの感情に名前をつけたくはない。

 幼なじみ。それだけでいいんだ。


「じゃあテツ、おばさんに怒られないように今のうちに半分くらいは復習しとこうか」

「おぉぉっ! さすがマサミ様!! 助かります!!」

「コーヒー代はテツ持ちで」

「おう! ……ってお前コーヒー飲めるようになったんか?」

「前から飲んでるよ」

「おっとなー!」

「コーヒーってだけで大人っていう発想が子どもなんだよテツ」

「うっ…」


 いつも何やっても俺はマサミに勝てたためしがない。

 今回も最初っから負けっぱなしだしな。

 少し打ちひしがれつつ店内へ入ると、マサミは俺の方を叩いた。


「じゃ、注文よろしく」

「へーい…」

「あ、俺はコーヒーね。ブラックで」

「分かったから早く席取りに行けよ!」


 マサミは楽しそうに笑いながら、奥の方へと歩いていった。

 ……ほんと、このままでいいんだよ。

 きっとあいつは離れていくんだから。


*To next*