そんな事…、
なくはない---
実際に会いたかったのは事実だから…
でもそれを言うのが恥ずかしくて、視線が泳いでしまった。
そんな私の態度に以前だったら冷たくあしっていたであろう恢の態度が、なんだが温かく感じてこそばゆい。
チラッと上目遣いで恢を見ると、やっぱり今までと違う穏やかな空気を纏った恢がそこにいる。
何か変な感じ---
「………まぁいい。こんな所にいつまでも突っ立ってないで、店に入るか?」
「う、うん」
そう言った恢は壁に手をついている方とは逆の手を私にのばしてきた。
その指先が私の髪から顔へと滴り落ちている雫を拭い取る。
その動作がやけに優しくてやっぱり以前の恢とは違うと感じた。
頷く私に恢もゆっくりと頷き返しながら私に向ける表情に、胸が切なくなる。
どうしてさっきから、そんなに優しげな表情を私に向けるの?
私はここに…、本当に来ても良かったのだろうか?
一瞬過ぎったその思いを飲み込んでいると私からゆっくりと離れていった恢は、目の前にある扉へ入って行こうとするその様子をただ私は黙って見ていた。
そして扉の中に入った恢はそのままその中へと入る事なく振り返り、私にクイッと中へ入って来いとでも言うように顎を動かした。
そして室内へと入った恢はパタンと静かに閉める。
その様子を見届けた私は、腰を屈んで傘を拾う。
さて…と、呟きながら恢が入って行った裏口ではない扉を探すべく、店ずたいを歩き始めた。



