私はチャイムを鳴らした。
その部屋に入るための鍵は渡されているのだけれど、極力使わないようにしている。
勝手に入って、気分の悪くなる光景を見るのは嫌だからだ。

ーピンポーンー

もう三回目になるチャイムの後、扉の奥でゴソゴソと気配がして、
…ああ、留守じゃなかったのか。と、私は少し落胆する。

この部屋の持ち主が留守ならば、私の『仕事』は格段に楽に済むからだ。

ガチャン、と鍵を開ける音がして、扉の向こうから男が顔を出した。
グレーの、ダボついたスウェットの上下。明るい茶色の髪が、ふわふわと揺れている。

「おはよぉ、みーちゃん」

ヘラヘラと、男は笑った。
だらしのない顔だ、と私は思う。
ユルユルで、締まりのない顔。私はこの顔が嫌いだ。

「おはようって、もう夕方なんだけど?」

私は不機嫌を隠さず、ぶっきらぼうにそう言った。
そのまま、お邪魔しますとも言わずに部屋に入った。
玄関の靴を見て、女物のブーツやパンプスが無いことを確認してから、自分のサンダルを脱いだ。

…どうやら、今はこの男しか居ないらしい。
少し安心して、私は『仕事』に取りかかる。

「今日のご飯、なにー?」

「煮物。おばさんから預かってきた」

「えー、みーちゃんのご飯が食べたいっ!」

男は甘えたような声を出した。
いつものことなので、私は相手にしない。

つい三日前に片付けたはずの部屋は、もう半分位床が見えなくなっている。
その原因のほとんどは洋服で、あとはゲームだとか漫画だとか雑誌だとか。
…女の子達がワザと残していく、『忘れ物』だとか。

床に落ちている洋服を拾い集めて、洗濯カゴに突っ込んでいく。
カーテンと窓を開けて、外の空気を吸い込んだ。
この部屋の空気はいつも淀んでいて、厭らしい感じがするから嫌いだ。

私が片付けている間に、男は、どうやらシャワーを浴びているらしかった。
浴室からシャワーの音と、仄かにボディーソープの匂いがする。

洗濯機を回して、掃除機をかける。
テーブルの上に無造作に置かれたスマートフォンからは、数分おきに着信音が鳴っていた。

ディスプレイを確認しなくても、相手はきっと女の子だろうと予想ができた。
それも、一人や二人ではないだろう。

だけどそれも、私にとっては最早、日常茶飯事だった。

だから今更、スマートフォンの着信音も、ベッドから出てきた女物の下着も、気にはしない。
私の仕事は、ただこの部屋を片付ける事。
週に何度か、男の食事を気にかける事。

…ただ、それだけなのだ。