「飛鳥それ、出来レースに出馬するようなもんよ。ちゃんと話してきなさい。途中で逃げたりするんじゃないわよ」

帰り際に芽以子に言われた言葉を思い出す。

わたしは今、電車に乗っている。

いつもの時間のいつもの車両、マフラーをしっかり巻いて、左手には折りたたまれたルーズリーフ。

覚えがなくて疑問に思いながらもマフラーに挟まっていたそれを開いて読んだとき、わたしの中で電流が駆け巡った。

うそ、嘘、だってそれじゃあ。

うぬぼれだと思って決して触れないようにしていた考えを肯定することになっちゃうよ。

でもこの書き方じゃ、いくら察しの悪いわたしにでも一つの意味にしかとらえられない。

でもそうだったらあのゆるふわのかわいい彼女は?

ホームで誰を待っていたの?

もうすぐでこの電車が駅に着く。

わたしが降りる駅、彼と彼女が乗り込む駅。

「逃げたりするんじゃないわよ」

よみがえる芽以子の言葉。

わたしは彼に何て言うんだろう。

そもそも彼のことをどう思っているんだろう。

これは「すき」?

いやでも、うーん、なんだろう、ちょっと時間欲しい。

いつの間にか電車は動きを止めていた。

鼓動が速くなっていく。

開くドア。

降りていく人、乗り込んでくる人、その中にまぎれて見えるインディゴブルー。

座ったまま、見失わないようにじっと見上げて、わたしの体はなぜかがくがくしていて。

だめだ、耐えられない。

うつむいて手をぎゅっと握ったら、ルーズリーフに少ししわができてしまった。

うわぁ…やってしまった…。

落ち着こうと深く息を吐いたそのとき、前に人が来た気配がした。

おそるおそる顔を上げる。

頬を赤くした彼が、頭をかきながら立っていた。