結局わたしは奥手なのだ、何事に対しても。

物事が悪い方に変化するくらいだったら、その前に自分から離れていく。

幾度の場面でそんな臆病なやり方をしてきただろうか。

いつもより一本遅い電車、いつもより一つ後ろの車両に乗った。

さようならマイアイドル。

わたしの日常に潤いをありがとう。

そうだよね、年頃の男の子ですもの、恋人の一人や二人いて当り前ですよ。

恋人がいなくても想い人くらいいるってもんですよ。

何でちょっとショック受けてるの、わたし!

恋が終わったわけじゃないじゃん!

そもそも恋してたわけじゃないじゃん!

「はぁ…」

でもあのドキドキはどうしてくれるの。

気になって、同じ時刻の同じ車両に乗って、自分だけ嬉しくて、舞い上がって、声かけられて、勘違いして、馬鹿みたい。

わたしにとって彼が何でもないように、彼にとってわたしは何でもない存在なのに。

なのに何でこんなにモヤモヤしてるの。



膝に乗せていた鞄を肩にかけて、制服のスカートを整える。

ホーム側のドアに向かって一歩、二歩。

いつもと同じようにゆっくり停車して、いつもと同じようにのっそりドアが開いて、でも降り立ったホームの景色がいつもと少し違くて、ああそうかと思った。

家に着いたらすぐご飯かな、今日は寒いから鍋かな。

そんな他愛のないことを頭に巡らせていた。

わざと考えないようにしていた。

なのに。

わたしがいつも降りるドアの正面、のホームの中央付近に鮮やかなインディゴブルーが見えた。

間違いなく彼だった。

電車が来たのに動こうともせず、車内に流れ込む人を見てぼーっとしているようだった。

見つかりたくない。

そう思って咄嗟に自分の首からマフラーを外した。

もし万が一、いや億が一彼がわたしを待っていたとしても、このよくわからないままのわたしはどうすればいいの。

目を合わせるの?

無視するの?

むしろ話しかければいいの?

それだったら何を話すの?

マフラーをくるくると丸めてお腹の辺りで抱えて、彼の視界に入らないように背後を通り抜けて改札に向かった。