おばさんはニコニコのままで、ひよりが何を言い出すのか待っている。

頑張れ!たった一言『出ていきます』って言えばいいんだ。

心の中で応援していると、ひよりが喉の奥から絞り出したような声で呟いた。

『……………た。で……いま…す……』

『え?』

おばさんは聞き取れなかったのか、首を傾ける。

もうちょっとだ!頑張れ!

『…今まで有り難うございました。今日でこの家を出ていきます』

おばさんの脳内でだけ、時間が止まったようだ。

おばさんは上がっていた口元を元に戻す。

簡単に言えば、“真顔”って奴だ。

そして、ひよりの顔を見つめたまま、震える声で言った。

『ひよりちゃん…?嘘よね?出ていくだなんて、嘘よね?』

ひよりは真剣な顔で首を振る。

『いえ。久我くんの家に住まわせてもらうようになってるから。おばさんは気にしないで』

『く、久我くんて…。あなた、私がここまで育ててやった恩を忘れたの?!』

ほら来た。言うと思ったよ、こーゆーセリフ。

『だからお礼とお別れを言いに来たんです。もう明日からこの家を出ます』

すると、おばさんが顔を真っ赤にして怒りだした。

『ふ、ふざけないで!大嫌いな兄さんの子供を預かって、ご飯まで食べさせてやったってのに、この恩を仇で返すなんて!』

おいおい、超修羅場だよ。

早く帰りたい…。

なんて、俺には関係ないと思っていたのが間違いだったようだ。

『ちょっとアンタも、彼女を家に連れ込んで一緒に暮らすなんて、そんな破廉恥なことするくせに何を黙っているの?!言っておくけど、本当に一緒に暮らすなら、アンタに慰謝料払ってもらうからね!』

『は、はぁ?!なんで俺なんだよ!』

意味がわからない。俺はただ彼氏のフリをしにきただけなのに。