アパートへ戻る帰り道。

 どうやって電車に乗ったのか、どこを通ってきたのか、

 そんなことも憶えていないほど、私はぼうっとしていた。


 それでも。

 たどり着いたのは、要くんのアパートで。

 
 ソファの前の床に荷物を降ろして、しゃがみこんだ。

 ふうと息を吐くと、ようやく意識が戻ってきて。

 
「あ、いけない」


 袋から取り出した食材を冷蔵庫に詰め込んで。

 エプロンをして。

 料理をしようとキッチンに立つ。


 不思議なもので。

 私の手とカラダは勝手に動いていた。

 意識とは、別のところで。


 聞かなかったことに…

 そう思っていたのかもしれない。

 カフェでのことは頭の隅に追いやって。

 無心に包丁を持つ手を動かした。


 要くんに。

 ここに戻ってくる要くんのために。

 
 それでもぼんやりしていた私は、

「痛っ…」

 指を切ってしまって。


 慌てて水道の水をかけて出てくる血を洗い流す。

 血を見て思い出してしまう、あの日の流川の顔。


 切れてた口元。

 滲んでいた血。


 忘れようと思っていたのに、

 こんなときに浮かぶのは、アイツの顔だなんて。


 蛇口から流れ出る水を眺めたまま、しばらくぼんやりしてしまって。

 吹きこぼれる鍋のお湯の音でわれに返る。


「…もう…いや…」


 つぶやくと。

 涙が零れた。


 私は…

 要くんと流川と。


 どっちを思うべきなんだろう。

 
 この状況で…

 何を考えれば…いいんだろう。


 整理のできない頭のなかは、

 ただただ混乱を繰り返すだけだった。