それは、一瞬の出来事。

 しかし少女にとってこの件は一生を左右する出来事へ変化し、ひとつの枠に囚われていた認識を改めることになる。

 何故なら――

 世界は、ひとつではない。


◇◆◇◆◇◆


 クッション性が高い椅子に深々と腰掛け、ホログラム型の画面に表示されている文字を凝視しているのは、整った顔立ちと黒髪が印象的な眼鏡を掛けた二十代前半の若者。

 現在独自に進めている仕事がいまいち捗らないのか、それとも結論が出ないのか眉間にシワを寄せ微動だにしない。

 その時、通信が入ったことを知らせる音が響く。

 若者は画面から視線を外すことなくキーボードを弄ると、通信回線を開く。

 若者の耳に届くのは普段聞き慣れている声音だが、何かトラブルが発生しているのか騒がしい。

 また、他の者の「どうするんだ」という声音が響く。

「賑やかだ」

『そ、それが……』

「どうした?」

『見知らぬ女の子がいます』

「女の子?」

『はい。突然、出現し……』

 要領が掴めない言い方に若者は肩を竦めると、その「女の子」を自分の目で確かめたいので其方に向かうと伝える。

 若者の発言に相手は余計に慌てるが、このまま話していてもその「女の子」がどのような人物なのかわからないので、今後の対策を練ることもできない。

「父さんは?」

『お伝えしました』

「で、何と?」

『グレイドに、任せる……と』

「なるほど。それなら、私が行かないといけない。すぐに行くから、その女の子を保護するように」

 そのように命令を出し相手からの返事を受け取ると、若者は通信を切る。

 「突然、出現した」という不可思議な発言に引っ掛かるが、その者の存在を確かめる前に結論を出すのは危険と自分に言い聞かせると、若者は使用していたパソコンの電源を落とし部屋を後にした。