セネリオは普段から眼鏡を愛用しているが、決して視力が悪いわけではない。

 それでも眼鏡を用いているのには、お洒落だから――というわけではなく、別の要因が関係していた。

 威厳が感じられる。

 その理由で、眼鏡を掛けている。

 口に出すことはしないが、内心では不安要素の方が大きい。

 偉大な父親の跡を継がないといけないことがプレッシャーとなっており、このような行動を取らしている。

 人前で滅多に――いや、殆ど眼鏡を外したことはない。

 唯一素顔を晒すのは、自室に篭っている時くらい。

 眼鏡を取り、鏡に映る自分の顔を眺める。

 見慣れている顔だが、眼鏡を付けている時と付けていない時は、別人を見ているような錯覚を覚える。

 本当の自分は、どちらか。

 ふと、そのようなことを考えてしまう。

(彼女の前なら……)

 脳裏を過ぎるのは、アリエルの顔。

 彼女の場合、ライアスと一緒にいる時には感じられない特別な‘何か’を感じることができる。

 それが一体どのようなモノなのかはセネリオにはわからなかったが、ただ心地いいことは間違いない。

 無意識に、口許が緩みだす。

 このようにアリエルのことを思い考えると、いつの間にか表情が綻ぶ。

 だからこそ一緒に何処かへ出掛け、気分転換というかたちで旅行にまで誘った。

 彼女が喜んでくれたら、それでいい。

 という一心で。

 変化しつつある自分自身の言動が面白かったのだろう、フッと鼻で笑うとセネリオはクローゼットから取り出したタオルを持ち、風呂に入ろうとする。

 しかし間が悪いことに、通信が入った。

『猫が、逃げました』

「猫?」

 通信相手はライアスで、何でもミーヤが行方不明になったという。

 ライアスからの報告に、セネリオは訝しげな表情を浮かべると「どうしていちいち自分に報告する」と、質問を返す。

 その質問が愉快だったのだろう、ライアスは思わず吹き出している。

 その失礼な態度にセネリオは注意を促すが、ライアスも負けてはいない。

 友がアリエルにどのような感情を抱いているのか知っているからこそ、彼女に関わることは一応報告しようと思い連絡を入れた。