微かに頬を紅潮させている主人が気になったのか、ミーヤがアリエルの足元に近付いてくる。
同時に間延びした声音で鳴き、主人を見上げる。
クリクリとした赤い双眸に見詰められたことにアリエルは表情を緩ますと、ミーヤを両手で抱き上げ自身の太腿の上に載せた。
「とても、素敵な方……」
当初、セネリオのことを「冷たく、取っつき難い人物」と、見ていた。
しかし日にちが経つにつれその印象は薄れ、取っつき難いどころか気さくな人物と知る。
彼女にとって印象深かったのは、跡取り息子ながら好き勝手に出歩き、チョコレートパフェを食べていたことだろう。
勿論、アリエルの世界では考えられない。
それだけ、イシュバールが平和なのか。
このほのぼのとした雰囲気に、アリエルは心地よさを覚える。
ふと、ミーヤの鳴き声が耳に届く。
物思いに耽っていたアリエルは鳴き声によって意識を引き戻され、反射的にミーヤの顔を凝視してしまう。
再び、ミーヤが鳴き声を発する。
どうやらお腹が空いたことを訴えているらしく、可愛らしく前脚でアリエルの身体を叩きだす。
「ご、御免なさい」
アリエルはミーヤをベッドの上に座らすと、ミーヤの為に隠してある食べ物を取りに向かう。
いつもであったら大人しく主人の帰りを待つミーヤであったが、今日は何を思ったのだろう、ベッドから下りると部屋の外へ出てしまう。
ミーヤの目の前に広がるのは、左右の長い廊下。
主人がどちらへ行ったのか見当もつかなかったが、ミーヤは適当に左に向かい歩きだす。
残念ながら、ミーヤが向かった方向は間違いだった。
歩けど歩けど主人の姿は見付からず、それどころか別の人間に発見されてしまう。
相手もまさかこのような場所に猫がいるとは思わなかったのだろう、暫くミーヤを眺めていると思わず大声に近い声音を発してしまう。
人間が発した大声に驚いたミーヤは、一目散にもと来た道を戻って行く。
次に向かったのは、アリエルが食べ物を取りに行った方向。
だが、災難というのは何度も続いてしまうもので、再び別の人間に発見されてしまう。
「猫?」
この者もまた、訝しげな表情を浮かべる。
しかし先程の者とは違い冷静だったらしく、ミーヤの首根っこを掴むと何処かへ連れて行ってしまう。
知らない人間に連れて行かれることにミーヤは激しく抵抗するが、首根っこを掴まれている状態では、いくら暴れたところで逃れることはできない。
ただ、ミーヤの鳴き声が廊下に響く。


