ロスト・クロニクル~前編~


「男なら、一度言ったことは守ろうね」

「男だからって、関係ないよ」

「それなら女性として、これから生きていくんだ。ラルフちゃん、今日は絶好の反省文日和だね」

 その言葉を発した時のエイルの表情は、真顔だった。

 笑うことのない、平面状の表情。

 その後はただ黙々と反省文を書いていき、それ以降は何も喋ろうとはしない。

 今までのエイルの場合、どれだけ怒っていようと、無表情になることは少なかった。

 しかし、今は――

 この場合、身の危険を感じた方がいいだろう。

 ラルフは首を縦に振ると、エイルの申し出を受けることにする。

 だが、余程虫の居所が悪いのか、無表情は相変わらずのままである。

 その時、何かが折れる音が響く。

 見ればエイルがペン先を折っていた。

 唐突な出来事にラルフはか細い悲鳴を上げ椅子から腰を上げるが、そんな動きさえエイルは気にしていない。

 エイルが、溜息を付く。

 すると折れてしまったペンを机の上に置くと、徐にラルフが使っていたペンに手が伸びる。

 そして断りもなく、勝手に使いはじめた。

 そのことに声を掛けようとしたが、無言の圧力がそれを許さない。

 睨みつけるようなその視線――ラルフはエイルに屈服した。

 どうやら、エイルが反省文を書き終えるまで待たないといけない。

 ラルフは音をたてないようにゆっくりと椅子に腰掛けると、エイルの作業を見つめる。

 文字を書くスピードは、ラルフより速い。

 これなら、早く終わるだろう。

 そう思った瞬間、書いていた反省文を丸めてしまう。

 どうやら文章が気に入らなかったらしく、はじめから書き直しはじめた。

「エ、エイル……」

「なんだ、ラルフちゃん」

「な、何でもないです」

「ならいいだろ」

 年下の友人に逆らえない無力さに、ラルフは両手で顔を覆おうとシクシクと泣き出す。

 出会った当初は、穏やかだったのに――と、過去を思い哀愁に浸っていく。

 エイルがこうなってしまったのは全部ラルフの責任だと、本人はわかっていても認めることは決してない。

 再び、紙を丸める音が響き渡る。

 これでまた、ペンが返ってくるまでの時間が延びてしまった。

 エイルに気付かれないよう丸め捨てられた紙を拾い、どのような内容が書かれているのか見てみることにする。

 紙を広げ、文字を読む。

 その瞬間、全身が凍り付いてしまう。