ロスト・クロニクル~前編~


「魔法を使う。ラルフ、死ぬなよ」

「本気は、嫌だ!」

「手加減はする。さっき、もう一度見たいと言っただろ。だから、リクエストに応えて使う」

「言ったけど……こうなるとは、思わないよ。い、いたたたたた! エイル、早く助けてくれ」

 今度は髪の毛を引っ張っているらしく、束になった髪が地面に落ちていく。

 それを見た瞬間、エイルの時間が止まった。

 ここまで生き物に嫌われる人間が存在するのかと、ラルフの不運を嘆くしかない。

 それに急いで救出しなければ、いくら頑丈にできているラルフでさえ危ない。

 このような場所で死体など真っ平御免だが、どのような魔法を使用するべきか、迷いが生じてしまう。

 炎を主とした魔法を使用したら、ハーブが消し炭となってしまう。

 だからといって、周囲を凍らす魔法ではハーブの生育を悪くしてしまう。

 それなら無難に、鳥達を一気に追い払た方が確実。

 風――それは、エイルが潜在的に持つ属性。

 これなら制御に失敗して、多大なる被害を及ぼすことはない。

 使用する属性が決まれば、あとは威力。

 初級の魔法でもいいが“もしも”という場合もある。一発で勝負を決めなければ烏達はエイルに襲い掛かって来るので、詠唱ができなくなってしまう。

 それならば、中級の魔法がいいだろう。

 上級でも構わなかったが、周囲に生徒がいるのでそれはできない。

 それに何より「ハーブを守る」ということが大前提で、ラルフのことは二の次。

 エイルは大きく深呼吸を繰り返すと、詠唱を行う為に意識を集中させた。

 その間もラルフの悲鳴が聞こえてくるが、中途半端な集中では制御に失敗してしまうので、完全に無視する。

 生徒の間に、緊張が走る。

 それは「このような場所で魔法を――」という意味合いではなく、エイルがどのような魔法を使用するのか、楽しみであった。

 メルダースで五本の指に入るといわれる、魔力の高さ。

 皆、強力な魔法が発動されるのではないかと期待してしまう。

 自分より上に当たる術者の魔法を見ることは、魔法を学ぶ上では大切と言われている。

 勿論勉学も必要となるが、実物を見る方が得るものが多い。

 その為、嫌でも期待感が高まる。

 ゆっくりとエイルは、右腕を水平に伸ばす。

 細い女のような指先をラルフがいる方向に向けると、囁くように呪文を唱える。それはまるで、少女の歌声のような澄み切った声音であった。

 一瞬にして、多くの者達が惹き込まれてしまう。

 それだけこの声音は、力が存在した。