流石に、今の言葉は効果が高かった。私物を勝手に処分されてしまうのはラルフも困ってしまうので、ラルフはエイルに向け片手を上げると「行く」と言い残し、部屋から飛び出した。
やっと迷惑な人物が出て行ってくれたことに、エイルは肩を竦め長い溜息を付いていた。やはりラルフと会話すると疲労感が溜まり、精神的なダメージが大きい。それに、場合によっては命が縮む。ふと、何を思ったのかエイルは寮の私室から出て行き校舎の方向へ向かい歩き出す。
当初の予定では部屋で寛いでいるつもりであったが、学園の風景を目に焼き付けておきたいのか、隅々まで観察しながら建物の中を歩いていく。彼が今歩いている場所は毎日のように慌しく行き来していた何の変哲もない石造りの廊下であったが、今日は妙に懐かしく思う。
明日になれば、もう見ることはない。その思いが働いているのか、エイルはしんみりと思い出に浸る。
その時、校舎の片隅に咲いている白い花の存在に気付く。エイルはその花に微笑を浮かべると花の側に寄って行き、人差し指で白い花弁を突っ突く。瞬間、甘い香りが漂ってきた。
(……懐かしい)
この花を見ていると、自身の故郷クローディアで咲く花を思い出す。雪解けの時期に合わせるように咲き乱れる、純白の花。それはクローディアを代表する花で、このように小さい花だ。名前は、ロレイヤ。クローディアの民が信仰している、エメリスに捧げる花である。
エイルが故郷に到着した頃、王都はロレイヤの香りに包まれているだろう。脳裏に浮かぶのは、懐かしい風景。それに、懐かしい香り。彼は暫くその場で立ち尽くすと、目を細め花を眺めていた。
汝――
ふと、耳元で若い女性が囁く。聞き慣れない声音にエイルは反射的に周囲を見回し声音の主を捜すが、エイルの周囲には誰もいない。ただ風が吹き、草木がさらさらと音を鳴らしている。
――は
再び声音が響く。だが、やはり彼の周囲には誰もいない。不思議な感じがしたが、恐怖心はない。
――待つ。
擦れている声音の為か、上手く聞き取れない。しかし相手は特定の場所で待っているというのは、最後に発した言葉で理解することができたが、それが一体何処なのかというのはわからなかった。それを尋ねようにも、不思議な感覚が消え去っており相手がいなくなってしまったことを知る。


