ロスト・クロニクル~前編~


 メルダースの生徒が今回の演じる演目の題名というのは「王子様と私」という。女子生徒の大半がせがんだというより我儘を言った結果、完全に彼女達が好む「恋愛物」という話に仕上がっている。

 その内容というのは、侍女が王子に恋心を抱いた――という話だ。そして終わり方は、彼女達が好むハッピーエンド。簡単に説明すれば、主人公とヒロインが幸福な日々を送るというもの。

 この話自体、現実的に有り得ない。そもそも王子と侍女では身分が違い過ぎ、接点がない。

 だが、これは物語。

 その為、終わり方も自由自在。

 まさに、女性の夢を具現化した話だった。

 それにより演劇を見に来た年齢層は全体的に低いと思われたが、中には中高年も混ざっている。どうやらメルダースの生徒がどのような演劇を見せてくれるか、期待も含めて集まってきたようだ。

 会場全体が、ざわめく。

 それだけ、注目していた。

 そして、時間が迫ってくる。

 しかし、いまだに演目に疑問を抱いている人物がいるのも確か。それだけ、話に偏りが多かった。

 演劇のヒロインは城勤めの侍女で、役名はナタリー。性格は大人しく、自己主張は滅多に行なわない。そして根が真面目で、シッカリと仕事をこなす。尚且つ、不幸を背負っている。

 要は一般的に流通している物語の中に登場するヒロインに、自己の妄想と願望を付け加え誕生した役だ。

 一方の主役は一国の王子様で、役名はレナード。此方の役も、妄想と願望が沢山詰まっていた。

 このレナードは、容姿端麗の知的な王子様。更に国民や家臣から高い信頼と人気を得ているという、ぶっ飛んだ人物設定を持っている。此方もまたあらゆる面を完璧に兼ね備えている人物は現実には存在しないのだが、これは妄想と願望から誕生した物語ということで済まされている。そして少しでもこの登場人物に近付けたいと、エイルが選ばれたのだった。

 この演劇には、数々の思惑が入り混じる。

 そのような中で、今回の演劇が幕を開けた。その瞬間、大勢の人間の拍手が会場に響き渡る。すると一部の人間はテンションが上がったのか、口笛を吹く。それに合わせるように一人の生徒が演劇を見に来た者達の前に立つと、前口上を行なう。刹那、先程以上の拍手と歓声が上がり期待が膨らむ。