「そろそろ、時間かな」
「客が、集まってきているらしいよ。メルダースでのはじめての演劇だからね、人が多いね」
「よし! 頑張ろう」
「期待しているよ。それに、大半の女子生徒はお前に視線を向けるね。人気者は、辛いなー」
「一言多い」
衣装係の生徒はエイルの返しに歯を見せ笑い出すと、今度はポンっと彼の背中を軽く叩いた。
「テスト免除だ」
「わかっている」
「俺も言葉が欲しい」
「ヘマするなよ」
エイルの時と違い、ラルフには厳しい言葉が掛けられた。何ともわかり易い違いにラルフはへこみそうになってしまうが、今日のラルフは何処か違っていた。彼は厳しい言葉を気合で跳ね返すと、見返してやるという捨て台詞に近い言葉を残し部屋から出て行ってしまう。
しかし、ラルフは気付いていない。先程の言葉は、期待の裏返しなのだ。衣装係はこのような言葉を言っても、本心の部分では期待していた。それに、ラルフの練習中の頑張りも知っている。
だが、日頃の癖が本心を封じてしまう。ついついからかってしまい、本音が言えなかった。
「終わったら、菓子でもやればいいよ」
「それでいいのか?」
「ラルフって、案外単純だし」
「そうか。じゃあ、用意しておくよ」
「それがいいね。僕は行くよ。素人の演劇だから、過度の期待はしないでほしいな。でも、手抜きはしないよ」
そう言い残しエイルは部屋から出て行くと、演劇が行なわれる場所に急ぐ。途中、同じように衣装に着替えた生徒に出会う。どうやら、他の者達も準備が整ったようだ。それに、顔付きが違う。
何事も、真剣に取り組むべし。
それは、メルダースで学ぶ間に覚えた言葉。勿論、彼等が今回の演劇を手抜きするわけがない。だがこの言葉を忘れてはいけないと、誰もが心の中で呟く。そして、互いに気合を入れていく。これから向かう場所は「戦場」という言葉が似合う。それだけ、緊張感が漂っていた。


