今日は運命の演劇本番の日なので、生徒達は朝から慌しく動き回り、学園中に張り詰めた緊張感が漂う。

 しかしそれ以上に緊張しているのは、演劇で役を演じる生徒達。台詞を一字一句間違えずに覚えているかどうか、台本の最終チェックに余念がない。その中の一人というのが、主役を演じるエイル。彼は椅子に深く腰掛け、ボソボソと言葉を出しながら台詞を読んでいた。

「エイル」

「ああ、ラルフ」

「台詞、覚えた?」

「その台詞、そのまま返すよ」

「俺は、大丈夫だ。エイルの地獄の特訓のお陰で、全部の台詞を覚えることができたからね」

 ラルフの涙ぐましい努力を知っているエイルは、何度も頷き頑張ったことを褒める。いつもであったら毒を含んだ言葉が飛んでくるのだが、今日はクリスティが楽しみにしている特別の日。

 ラルフを苛めている時間があるのなら、台本のテックをした方が何倍もいい。普段のエイルと雰囲気が違うことに、ラルフはタイミングを失ってしまう。しかし、毒が含む言葉がないことに安堵する。

「そういえば、飯は?」

「僕はいいよ」

「主役なんだし、食わないと。ほら、サンドイッチ。エイルの分も、貰ってきたよー。一人の食事は寂しい」

 前半部分はラルフの優しさが籠められていたが、後半部分に彼の本音が出てしまった。彼は「マルガリータ」という地上最低の植物を育てているので、ラルフの友達はエイルはしかいない。

 演劇の仲間はそれぞれ友人同士で朝食を取っているので、ラルフは一人っきり。孤独に耐え切れなくなったラルフは、食堂でサンドイッチを作って貰いエイルのもとに持って来た。

 彼の必死の説明に、エイルは同情心が湧き出てくる。それに、定期的に一緒に食事をしている仲であり悪友同士。エイルは軽く口許を緩めると、サンドイッチを渡すように手を出しヒラヒラと振った。

 振られる手の意味を理解したラルフの表情は、満面の笑みを作る。そしてラルフは椅子を引き寄せ腰掛けると、紙に包まれたサンドイッチを取り出す。エイルはそのサンドイッチを掴むと、口に運び一口齧った。挟まれている具はレタスとハムで、どちらも美味しかった。