人間離れした素早い動きに、ラルフは我が身に起こった出来事に気付いていない。エイルにとってそれは、これは好都合だった。知られたら知られたで、後々が面倒になってしまうからだ。
「いいよ」
「今、冷たい風が……」
「気の所為だよ」
「そ、そうか」
多少疑問は残っているが、エイルの言葉ということで素直に従う。それに、身体に異常があるわけでもない。しかし瞼を閉じている間、恐怖心を感じていた。その証拠に、脚が震えている。
「大丈夫か?」
「う、うん。でも、エイルって凄いね。勉学の成績が優秀で、魔法の使い手。そして、剣が使える。天は二物を与えないというけど、エイルを見ていると絶対にそれはないと思った」
「僕も、苦手分野があるよ。料理は作れないし、裁縫だってそんなに得意じゃない。家事全般は駄目だ」
「それは、エイルが……」
エイルの実家が状態を知っている今、ラルフにとってそれは言い訳に聞こえてしまう。普通、貴族の坊ちゃんが家事全般のスキルを持っているわけがない。逆に、持っている方がおかしい。
ラルフは両手を腰に当てると、その点を愚痴愚痴と指摘していく。どうやらいい弱点を見付けたのだろう、言葉の端々に鋭い刺が混じっていた。こうなると普段と違い、完全に立場が逆転している。
このようにからかわれることが苦手なのか、エイルの表情が強張ってくる。同時に、反論の機会を見失う。
それなら、言葉ではなく魔法をぶっ飛ばすのが一番。だが時間帯を考えると、多くの者達に迷惑がいく。特にクリスティの機嫌を損ねると、後で何を言われるかわかったものではない。
後で、殴る。
そう、エイルは心の中で誓った。
「貴族の息子って、羨ましい」
「そう? 結構、疲れるよ」
一般人の貴族に対してのイメージは、毎日優雅な生活を送り美味しい食べ物を食べていると思われているが、現実は思った以上に厳しく、ドロドロとした世界が広がり互いを食い潰していく。エイルにしてみれば、クリスティの圧力に耐えつつメルダースで生活している方が何倍も良かった。


