ロスト・クロニクル~前編~


 漂う空気が、一変する。

 本能的に恐怖を感じ取ったエイルは、ビクっと身体を震わす。一方クリスティの側で控えているジグレッドは、特に変化がないと思われた。だが細かく観察すれば、指が小刻みに震えていた。

 日頃「学園長が……」と愚痴っているジグレッドでるが、彼女の本来の姿には畏怖の念を抱く。だからこそ彼女の下で働き、メルダースという世界最高峰の学園を影ながら支えていた。

「……馬鹿」

 何気ない言葉に、エイルは再び身体が震えた。勿論、エイルやジグレッドに言った言葉ではないが、それが自分に向けられた言葉と勘違いしてしまうほど、刺々しい言葉であった。

「学習能力がないわ」

 彼女が批判を繰り返している相手は、ミシェル・エルバード。そのことにエイルは気が付くが、雰囲気的に笑うことはできない。どのように反応していいか迷い、結局顔を引き攣らせるしかできなかった。

 その時、クリスティの含み笑いが響く。最初は低い音程だったが、徐々に高く変化していく。そして最終的には「馬鹿笑い」まで発展していた。クリスティの笑い声にエイルは、無意識に後退しってしまう。

 彼女の側にいたジグレッドは戦き、目を丸くしている。その後クリスティは身を乗り出すようにしてエイルの顔に視線を向けると、ミシェルが自分のもとへ来た時の話をしだした。

 数年前、ミシェルはメルダースに入学したいという理由でクリスティのもとへ訪れたという。

 それも「公子」という立場と「金」の力を利用した、所謂「裏口入学」を求めてきたのだ。

 彼は自分が持つ立場と権力をフルに利用し入学しようとしたが、不正が大嫌いのクリスティがそれを許すわけがない。それ以前に、地上最強と謳われている魔女と対等に交渉しようとしている時点で、大きな間違いを犯しているのだが、ミシェルは全くわかっていなかった。

「学園長は、魔法を使用する寸前だった」

「ほ、本当ですか!」

「今思い出すと、恐怖しかない」

 ジグレッドの説明に、エイルの声音は裏返ってしまう。クリスティは常識を逸脱した性格の持ち主だが、簡単に魔法を使用する人物ではない。それは、己の魔力の高さを理解しているからだ。そのクリスティが魔法を使用する寸前までいったということは、ミシェルを毛嫌いしたようだ。