「お値段、高くないでしょうか」

「いや、気にしなくていいよ。それに、お礼って言ったと思うけど。これが、僕の気持ちだね」

「有難うございます」

 言葉と共に作られるマナの笑顔が、嬉しかった。しかし、エイルの表情が変化していく。再びメルダースに戻らなければいけないことを、マナに言わないといけないからだ。折角、仲良くなれたメイド。

 別れは、寂しい。

 だからといって、個人的な理由で我儘は言っていられない。エイルは何が何でもメルダースを卒業して、王室親衛隊の一員にならないといけないからだ。そして課せられた役割は、果さないといけない。

 マナは、何となくであるがエイルが置かれている状況を把握している。しているからこそ、深々と頭を垂れた。

「卒業をお祈りしています」

「有難う。次の春に、また――」

「はい」

「戻って来るのを約束する」

「是非」

 それは、ひと時の別れ。

 二日後に、エイルはメルダースへ戻って行く。

 自分の未来を定める為に――

 そして再び、互いは巡り会う。


◇◆◇◆◇◆


 それは、本能で察したというべきか。深い目覚めと同時に、ラルフは悲鳴を上げていた。同時に、身体が震える。

 ラルフは、悪い夢を見た。

 そう、エイルの帰宅だ。

 これほど恐怖心を感じるものはなく、例の夢を思い出した途端、ラルフの顔から血の気が引いていく。急激に我が身に訪れた出来事に貧血寸前になってしまうが、何とか意識を保つ。

 勿論、事前連絡というものはないが、ラルフの野生生物顔負けの勘で、それを感じ取ったのだった。再度ラルフはか細い悲鳴を上げると、布団の中に潜り込む。そしてガクガクと震え出し懸命に恐怖心を戦うが、長い年月で染み付いた恐怖心を簡単に拭うことはできない。