ロスト・クロニクル~前編~


 その心配がなくなった。

 マナは表情で、嬉しさを表現していく。

 彼女の満面の笑みを見たエイルは、何やら考え込む。すると何を思ったのかエイルは寝台から下りると、普段勉強用に使用している机の側に行きペンとインク壷、更に、紙を持つと寝台へ戻ってくる。

 どうやら、唸り声での会話に限界を感じたのだろう、ペンにインクを付けると文字を書いていった。

「うん」

 文字を書き終えると同時に、それをマナの目の前に紙を突き出す。それを両手で受け取ったマナは、書かれている文字を音読していく。書かれていた内容というのは、マナへの感謝の言葉。それにより音読している途中で、徐々に声音が小さくなっていき、最後の方では聞き取れない状況になってしまう。

 流石に、自分が書いた文章であっても音読されると気恥ずかしいのか、エイルは視線を横に逸らした。

「有難う……ございます」

 彼女の感謝の言葉に、エイルは再びペンを動かす。それは短い文章だったのか、今度は簡単に書き終えた。しかし、目の前に突き出すことはしない。流石に先程の気恥ずかしさが関係しているのか、四つ折にするとマナの手に握らせる。本当であったら、今すぐに内容を読みたい。

 だがエイルが漂わせている雰囲気で、読んではいけないと判断したのか、受け取ると何度も頷く。

 受け取った四つ折の紙はエプロンのポケットに仕舞うが、内心内容が気になっているのか、チラチラとポケットを見てしまうが、エイルの目の前で勝手に見てはいけないので、グッと我慢した。

 その時、誰かが部屋を訪れた。

 ノックの後、エイルの部屋に入室してきたのはフレイ。予想外の訪問者に、マナの表情と身体が一気に硬直してしまう。一方エイルは無表情で、父親を出迎える。その微妙な空気にフレイはフッと息を吐き出すと、大事な話があるので外に出て欲しいとマナに言うのだった。

「は、はい」

 フレイの冷徹な口調にマナは急いで部屋から出て行こうとするが、礼儀作法は忘れてはいない。

 彼女は二人に向かって深々と一礼を残し、静かに扉を閉める。その後、一定の歩調で廊下を歩いていった。遠ざかっていく足音を、フレイは耳を澄ませて聞く。そして相手の耳に届かないと判断したのか、徐に口を開いた。その口調は先程と同等の厳しく、独特の雰囲気が周囲を覆う。