エイルはしゃがみ込むと、肩で呼吸を繰り返す。やはり、外の新鮮な空気の方がいい。会場の中では、まともに呼吸をすることができない。それだけ、化粧と香水が多く漂っている。それを間近で見ていたイルーズはクスクスと笑い出すが、発した言葉は厳しいものだった。

 立場上、早く化粧と香水に慣れないといけない。社交界に参加は、これが最初で最後ではないからだ。その言葉にエイルは頭を抱えると、唸っていく。それほど、この二つは苦手だった。

「頑張れ」

「兄さんは、気楽でいいです」

「そうか」

「どうして、兄さんは大丈夫なのですか」

「体質かな」

 その回答にエイルはムスっとした表情を浮かべているが、反論の言葉を発することはできない。体質と言われたら、それを受け入れるしかなかった。それにイルーズは、何度も社交界に参加している。その間に、身体が慣れていったと考えれば納得できないこともない。

「まあ、まずは卒業だ」

「勿論です」

「できそうか?」

「しないといけませんので。それに、留年をしたら学園長に何を言われるか、わかったものではないです」

「……確かに」

 イルーズはクリスティに会った経験はないが、噂で多くを耳にしている。無論、それは悪い噂の方で――
それにより、社交界以前にメルダースの卒業に力を注ぐように促していく。表面上、家名や立場が深く絡んでくる。

 だが、今は違っていた。

 イルーズは、自身の弟に無理せずに頑張って欲しいと思っている。思っているからこそ、優しい言葉を掛けていく。イルーズの心情を受け取ったエイルは、小声で感謝の言葉を口にする。そして暫くたわい無い会話を交わした後、重い足取りの中でエイルは兄と共に会場に戻って行った。