ロスト・クロニクル~前編~


 だが、相手は全くもって気付いていない。それ以前に、エイルに視線を集中させていたからだ。バゼラード家の次男は、有名な学園に在籍している。そのことは社交界の参列者の全員が知っていることなので、時間の経過と共にエイルとイルーズの周囲に人が集まってくる。

 表面上、彼等はメルダースに入学していることを褒め称える。しかし、内心は違っていた。

 何故。

 どうして。

 バゼラード一族だけ、優遇される。

 一部だけ、特別扱いされるのか。

 華やかな部分に隠されている、どす黒い感情。エイルも本能的に感じ取ったのか、別の意味で顔が歪む。化粧や香水の香り以上に、其方の方が身体に堪える。それだけ、殺傷の力が高かった。

「裏口入学?」

「きっと、そうよ」

「そうでないと、簡単に入学できない」

 地位と立場で、勝てる相手ではない。彼等の唯一の成功手段というのは、偽りを述べ罵っていく。何気ない言葉は、周囲の同調を誘う。結果、口々に同じ言葉を言い合い罵倒していった。

 予想以上の統一感に、エイルは反射的にイルーズの顔に視線を向ける。一方イルーズはこの状況に慣れているので特に表情に変化はなかったが、話のネタはメルダース。学園長ジル・クリスティの性格を考えると、下手な噂は命取り。一応、イルーズはそれを忠告した。

 クリスティの地獄耳は、半端ではない。たとえ何百キロ離れていようが、彼女の耳に届く。

 そして――

 ぶっ潰される。

「ご注意を――」

「そ、そうだな」

 流石に、イルーズの忠告は効果が高かった。社交界は噂の溜まり場なので、メルダースのクリスティの性格等は勿論知っている。知っているが、一度火が付いてしまうと好奇心のまま口走る。

 今回、側にイルーズがいたので彼等は救われた。いくら相手を貶す為とはいえ、メルダースとクリスティを題材に用いるのは危険すぎる。何より、クリスティ自身「裏口入学」を嫌う。それを行った時点で、平穏な生活を失ってしまうからだ。それだけクリスティは不正を「悪」と思う。