長く続く愚痴に、イルーズはクスクスと笑う。しかしエイルの心情は理解しているので口許が緩めている反面、内情は複雑だった。これから最大級の苦労が、エイルを待っていからだ。
「側にいる」
「……はい」
「会話は、此方がする」
「大丈夫ですか?」
「と言って、お前は大丈夫なのか?」
「無理です」
間髪いれずに、エイルから回答が返ってくる。エイルは今日、社交界デビューする。独特の雰囲気に慣れるのにそれなりの時間を有し、尚且つ普通に会話ができるようになるには更に時間が掛かる。今まで、自由に生きてきたエイル。無論堅苦しい場所は苦手で、苦痛だった。
「それなら、無駄に口を開かない方がいい」
「いいのですか」
「社交界は、恐ろしい場所だ。下手に口を開き相手を不快感にさせたら、それはそれで厄介だ」
過去に、何か悪い体験をしたのだろうか。イルーズの顔色が、徐々に悪くなっていく。間近で見ていたエイルは、瞬時にイルーズの変化に気付く。と同時に、社交界の中に漂う悪魔の存在を知る。
今更、逃げ出すことはできない。そして逃げ出した瞬間、末代までのいい笑いものになってしまう。それを防ぐように、フレイはエイルに口を酸っぱくして、何度も言い聞かせてきた。それにより、エイルの脳裏に自身の父親の表情が浮かぶ。また、身体を縛り付ける。
「エイル?」
「……父さんが」
「うん?」
「言葉を思い出します」
「ああ、そうだね」
フレイが、エイルに説教の如く一族の名前の意味を語って聞かせていたのを思い出す。しかしそれは、エイルだけではない。フレイはエイルが産まれる以前に、イルーズにも同じ説教をしていた。
それを思い出したのかイルーズはエイルの顔に視線を向けると、苦笑いを浮かべていた。一方エイルはイルーズの心情を瞬時に察し理解したのか、口許を緩めぎこちない笑顔を作った。まさに「同士」という言葉が似合い、この瞬間更に兄弟の絆が深まっていくのだった。


