「いいよ」
「で、ですが……」
「じゃあ、お願いが」
「何でも、お引き受けします」
「まだ、何も……まあ、いいか。そうだね。マナの手作り菓子を食べたい。普通の料理は食べたから」
純粋無垢な子供に等しい笑顔を見せつつ、そのように頼むエイルは可愛らしいという言葉以外思い付かない。暫くエイルの顔を見詰め続けた後、マナは頷き返す。勿論、断る理由はない。
「楽しみにしている」
「はい」
「じゃあ、行く」
「片付けは、私が……」
「有難う」
マナの心遣いに、エイルは感謝の言葉を発する。そして「行く」と言い残し部屋から出て行くと、真っ直ぐイルーズの私室へ向かった。相手は暖かく出迎えたが、表情が何処か硬い。
エイルは、兄の表情の意味を理解している。それは社交界で無事に立ち振る舞いが可能なのか、心配しているのだ。イルーズの表情に、エイルはますます緊張してしまう。そして引き摺られるように馬車に詰め込まれ、半強制的に社交界が行われる屋敷へ連れて行かれた。
◇◆◇◆◇◆
月が、やけに眩しい。
人を狂わす魔力を放っているのか、建物と大地を照らす。
欲望と嫉妬が渦巻く会場。
ざわざわと、人々の会話が響き渡る。
会場に到着したイルーズは、エイルの身体から漂う重苦しいオーラを感じ取っていた。馬車の中で、言葉を掛けることはしなかった。しかし、会場でこのようなオーラは不似合いだ。
「顔色が悪い」
「それは、当たり前です。兄さんの場合は、いいですよね。何度も訪れているので、慣れているでしょうから。確かに、メルダースではクリスティ学園長の人知を超えた態度で多少のことは慣れていますが、この場所は独特の雰囲気があります。ですので、辛すぎますよ」


