ロスト・クロニクル~前編~


「エ、エイル」

「大丈夫です」

「ほら、手を――」

「はい」

 差し出された手を取ると、エイルは立ち上がる。だが、打った場所が悪かった。エイルが打った場所、それは臀部を強打したのだ。お陰で、臀部から痛みが全身に向かって広がっていく。

「油断大敵だ」

「そうですね」

 言葉と共に、エイルは使用していた椅子に腰掛ける。そしてイルーズの顔に視線を向けると、休むという意思を言葉に出す。それを聞いたイルーズは、軽く頷く。彼自身、疲れていたが、エイルのことが心配で無理をしていたのだ。しかし今、エイルの答えを聞き安心する。

「では、行く」

「仕事は、しないで下さい」

「……わかっている」

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 それは囁くような言葉であったが、確かに両者の耳に届いていた。エイルの言葉にイルーズは微笑を浮かべると、部屋から出て行く。そして、大きい音をたてないように扉を閉めた。

 一瞬、部屋の中のエイルの様子が気になってしまう。だが一度出た手前、再び部屋の中に立ち入ることはできない。フッと短く息を吐くと、自室へ向かって歩みはじめる。そして、運命の日を迎える。


◇◆◇◆◇◆


「エイル様」

「何?」

「これで、いいのでしょうか」

「ああ、それでいいよ」

「は、はい」

 今夜、エイルが苦手としている社交界が開催される。勿論、勝手に逃げ出すことはできない。イルーズは別として、フレイの目が光っているからだ。逃げ出したとわかった瞬間、抜刀は免れない。相手が息子であろうと関係ない。家の名前に恥じる行為をしたと判断し、即斬り捨てる。