ロスト・クロニクル~前編~


 そして、再度「構わない」と、返す。

「……すみません」

「こっちこそ、御免」

「エイル様?」

「本当は、魔法で治してもいいけど……失敗したら困るから、治療用に必要な道具を持ってくるよ」

「それは、私が――」

「いいよ。僕が、悪いし」

 エイルは包丁とジャガイモを籠の中へ仕舞うと立ち上がり、急いで建物の中へ戻って行く。その後姿にマナは、無意識に視線を向け凝視してしまう。最初はうっとりとした表情を作り恋する乙女のような雰囲気であったが、一拍した後、自分が妄想に浸っていることに気付く。

 感情を振り払うように、頭を振る。そして懸命に妄想を消し去ろうとするが、一度生まれた妄想を消すことは難しく、更に顔が赤く染まっていく。それが影響し、マナは何度も溜息を付いた。

 十分後――

 エイルは、薬箱を持ち帰って来た。

 すると顔を赤らめ、蹲っているマナの姿が視界の中に飛び込んでくる。瞬時に「具合が悪い」と判断したエイルはマナの側へ近付くと、何度も「大丈夫か」大声で尋ね、身体を振った。

「エ、エイル様」

「具合が悪い? 包丁で指を切った箇所から、細菌が入った? そうしたら、薬を飲まないといけない」

「えっ!?」

「マナに何かがあると、リンダが怒る。彼女は、メイドのことになると恐ろしく変貌するんだ」

「だ、大丈夫です」

「そ、そうか」

 彼女の言葉にエイルは、ホッと胸を撫で下ろしていた。何よりエイルは、リンダを恐れていた。彼女は使用人の一人なのだが彼女が有している権力は強く、フレイのもとにシーナが嫁ぐ以前からバゼラード家で働いており「主」という言葉が似合うのは、彼女と御者のハーマンくらいだ。

 相手が、雇い主の息子であったとしても迫力は変わらない。エイルはフレイも恐れているが、それ以上にリンダという存在を恐れている。同時に自身の立場と物事の道理を弁えているリンダは、相談相手としては最適だった。あのように見えて、根はとても優しかったりする。