ロスト・クロニクル~前編~


 今一つことの重要性に気付いていないラルフに、蓄積しているストレスを全て吐き出した。

 ラルフの胸倉を掴むと、低音の声音で脅しをかける。その表情はまさに、悪魔に等しかった。

「フランソワーの口をこじ開けるぞ」

「そ、それは……」

「回復魔法の的にフランソワーを使おうと考えていたけど、お前が代わりにやってくれるというのなら許してやるけど。フランソワーというオオトカゲより、生身の人間の方がいいんだよ」

「……エイル君は、回復魔法専門じゃなかったよね? それに、あの魔法って……冗談だよね」

「勿論、これに関しては素人だよ。基礎の勉強もしていないし。でも理論は、攻撃魔法と一緒だよ」

「そ、そうなのかな?」

「……かも」

「い、嫌だ!」

 基礎を学ばずに回復魔法を使用したらどうなってしまうのかは、魔法知識に乏しいラルフであったが、その後の結末は予想できた。

 誰も、回復魔法の練習相手になりたいと名乗り出ない。

 それは失敗が恐ろしく、失敗の反動で寝込みたくはない。

 それに、体力が絞り取られる。

 エイルのような術者であったなら、基礎を学ばずとも回復魔法を簡単に使用できなくもないが、そんなに甘い魔法ではない。

 それにエイルは、口許を綻ばせていた。

 そう、はじめから真剣に呪文を唱える気など全くない。

 その不気味な表情に、ラルフは全身に鳥肌が立つ。

「やっぱり、基礎を学ばないと」

「初級魔法だから、安心していいよ。これは、二年になった最初に学ぶ魔法だから。これなら、制御できると思う……多分」

「多分って、自信がないのは困るよ。やはり魔法を使用する時は、それなりに安全が確保できないと」

「じゃあ、フランソワーだ」

 胸倉を掴んでいた手を離すと、エイルはフランソワーの近くに歩み寄っていく。

 一歩一歩近づいてくるエイルに身体を震わすフランソワー。

 どうやら恐怖が染み付いてしまったようだ。

 エイルはフランソワーの目の前でしゃがみ込むと、天使のような微笑を見せた。

 大勢の女子生徒がこの笑みを見たら「可愛い」と、黄色い悲鳴を発しているだろう。

 しかしラルフとフランソワーにとっては、そのような生易しい笑みではない。

 笑顔の裏側に、どす黒いオーラが見えたからだ。